第334話、傷ついたプライド


「やめろ……やめてくれ……」


 シィラは弱々しく声を漏らした。


 ハイブリッド女、タントは、討伐軍の兵士を、その特殊なスライム体で引き裂き、貪り殺していた。


 シィラ自身、タントの体の一部によって拘束され、動くことができずにいた。力には自信がある彼女も、そのスライム体でできた大蛇による巻き付け拘束から逃れることはできない。


 目の前で命を奪われていく兵士たち。タントは強かった。だがあれは自分が倒さなくてはいけなかった――シィラは唇を噛みしめる。


 戦って死ぬのは仕方がない。だが生かされ、その見ている前で、他の者が殺されていく光景は、戦士として恥辱以外の何ものでもなかった。


「ふざけるな……あたしと戦え。……殺すのは、その後でいいだろう……」


 タントは、討伐軍の兵士を始末しながら高ら笑いを響かせる。


 楽しくて楽しくてしょうがないという風に。すっかりシィラのことを忘れているかのように。それが余計に、シィラの屈辱感を増させている。


「誰か……」


 無力な自分。自分にはどうすることもできないこの状況。一生のうちに、これだけは口に出すまいと思っていた言葉が、彼女の口から漏れた。


「助けて、くれ……」


 自分で何もかも果たす。戦士として、独りでもこなすのが一人前。助けを求めるなど、本物の戦士のすることではない。そんな情けない言葉は、絶対に言わないと誓ったのに……このザマである。


 ――あたしは助けられない。あたしの代わりに、あいつらを……助けて。


『わかった。助ける』


 ふいに聞こえたその言葉に、シィラはハッとなる。誰――?


 その時、急に何かが視界をよぎった。胸もとが膨れ上がり、否、DSGアーマーが、タントの拘束を取り込み喰らったのだ。


「!?」


 サタンアーマースライム素材でできた鎧が、元のスライムのように敵を喰らう。気づけばシィラは鎧をパージし、アンダー姿に愛用の槍を持った格好で立っていた。そして鎧だったそれは、タントの一部を取り込むと、移動を開始した。


「いったい何!?」


 タントも異常に気づいた。拘束として切り離したものも、彼女の一部である。それが喰われたとあれば、気づかないわけがなかった。


 そんなタントに、黒い塊が飛んできた。


「スライム!?」


 躱せないとみて、とっさに腕が出たがそれがいけなかった。サタンアーマースライムは、タントの腕にくっつくと、そのまま一気に彼女の体を飲み込んだ。


「私が、スライムが、スライムに――」


 そのまま一気に取り込まれて、あっという間に消化されてしまう。


 あまりに呆気ない最期だった。シィラは呆然とし、自分が何もできないまま終わってしまったことに、ただただ拍子抜けしてしまう。


 タントを喰った黒い塊は、すっとシィラのもとに飛んで戻ってきた。さすがにハイブリッドを喰らった直後だけに、自分も取り込まれるのか、と身構えたが、スライムに体の各所に取り付かれたと自覚した時には元の鎧に戻っていた。


「シィラ、無事?」

「アウラか……!」


 ドリアードの魔女が駆けてきた。シィラより先に、ハイブリッドとの戦いに残った彼女が追いついてきたということは、勝ったのだろう。


「どうしたの? どこか怪我した?」

「……心がな」


 シィラは声を落とした。


「ここは任せろと言ったんだが、結局あたしは何もできなかった」


 周りには傷ついた兵士たち。無事な兵たちがまだ生きている同僚の手当てをし、さらにやってきた後続が先へ進む。


 アウラはピシっと指を鳴らすと、結界石を破壊した。そして肩を落としているシィラから事情を聞く。


「あたしは結局、奴に手も足もでなかった」


 あまつさえ助けを求める始末。戦士として全然成長していない――そう自分を責めるシィラだが、アウラは腕を組んだ。


「そうかしら? 聞いた限りでは、アナタとの相性最悪だったっぽいし、できないことができなくても、それは恥ではないわ」


 自在に形を変えたり、変幻自在な動きを見せる相手は、純粋な戦士であるシィラでは苦戦しても無理はない。


「でもヴィゴなら!」


 ヴィゴなら、タントを相手にしても負けはしなかっただろう。


「そうね、でもアナタはヴィゴじゃない。アナタはアナタよ」


 アウラはシィラの肩をポンと叩いた。


「助けを求めるのは恥じゃない。できないことは次にできるように努力すればいい。できない時は素直に助けを求めるのが正解よ。意固地になるほうが却って迷惑になることもあるわ」


 まるで教師のようだった。少なくとも、麗しきこの魔女は、シィラよりも遥かに人生経験が豊富である。


「頑張り屋なのは認めるけれど、人に頼ることは苦手なのよねアナタ。そういうところ、ルカと姉妹よね」


 そう言うと、アウラは歩き出した。


「さっ、ヴィゴたちに追いつくわよ。反省は終わってから。落ち込んでいる場合じゃないわ!」



  ・  ・  ・



 結界石が破壊された。


 黄金のカパルビヨ城を守る結界が消滅したのだ。


「くそっ、結界が破れただと!?」


 ナウラ――ハイブリッド戦士メールは眉間にしわを寄せた。セラータの炎竜の槍を、魔剣で弾き、後退する。


「逃がさない!」

「しつこいんだよ、クモ女!」


 かつての仲間を罵倒するナウラ。その背中から漆黒の翼が現れ、一気に飛び上がる。セラータは地に踏ん張り、ジャンプした。


「アラクネの跳躍力を舐めるなっ!」

「しつこい奴は嫌われるんだよ!」


 再度の追撃を躱すと、ナウラは黄金城の中へと逃げていった。あくまで跳躍だったセラータは着地する。


「ナウラ……あなたは」


 完全に敵になってしまった。同じ冒険者パーティーにいて、それなりに関係はよかったかつての仲間との思い出がよぎり、切なくなるセラータだった。

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