第330話、少年魔術師と氷


「吹き荒れろ! 風舞!」


 ハイブリッドの少年魔術師フィスが腕を振るえば、音が鳴るほどの強風で、ルカとヴィオが飛ばされた。


 それを姉であるサールが見逃さない。


「鉄の刃!」


 突き出した腕から放たれるの金属の刃。倒れた二人に迫る金属はしかし、白き竜騎士アーマー――ベスティア2号ボディのカイジン師匠の太刀で弾かれた。


「お爺ちゃん!」


 ルカが、祖父であるカイジンに叫ぶ。


『早く立てぃ!』


 ヴィオとルカに態勢を立て直す時間を稼ぐカイジンだが――


「だめ」


 幼い少女姿の魔術師フィーユが右腕を振り上げた。


「お人形さんは、お人形さんと遊ぶの」


 地面から岩のゴーレムが作り出されて、カイジンに襲いかかる。


『小賢しい!』


 繰り出された一刀は、ロックゴーレムをたちまち両断した。


 むぅー、とフィーユが口を尖らせる。彼女の左手は、ヴィオの騎士たち――ガストン、ゴッドフリー、トレと対峙している黒きモノに向けられている。


 彼女は、人形使い。指先から伸ばした糸で繋がったモノを操る。


「ヴィオ様!」

「うるさいの……」


 フィーユは、片手で黒きモノたちを操って、騎士たちを止める中、カイジン――ベスティアボディを狙う。


「いい鎧なの。欲しいの」


 新しいロックゴーレムが生成され、さらに、大岩が二つほど宙に浮く。少女が操れるものは、人型に限らない。糸に繋げれば、モーニングスターよろしく振り回すこともできる!


 カイジンが、フィーユの玩具の相手をしている頃、サールとフィスは、ヴィオとルカを狙う。


「針の山!」


 サールが跳躍して距離を詰めると、地面を叩いて鉄の巨大スパイクを発生させる。まるでうねる波のように向かってくる針の山を、ヴィオとルカは左右に分かれて、回避する。


「お姉さんの方は、金属製の凶器を生成して操る能力」


 ルカは飛び退くが、そこに少年魔術師が浮遊して近づく。


「この子は、魔法使い!」

「燃えてカスになれ!」


 圧倒的な炎が迫る。ルカは氷竜剣ラヴィーナを構える。


「氷獄の壁!」


 魔法剣が青く輝き、極寒の吐息を撒き散らす。フィスは、敵を燃やし尽くしたと確信したが、氷の壁によって阻まれたのを見やり、顔を歪めた。


「僕の炎だぞ! ふざけるなぁっ!」


 両腕を前に出して、ドラゴンブレスもかくやの火炎放射を浴びせる。氷の壁から凄まじい蒸気が上がる。


「溶かす! そんな氷っ、溶かしてやる!」

「……やりづらい」


 ルカは表情を歪める。見た目そのままの子供のような言い分。我が儘を通そうとするただの少年のようだった。


 彼は敵だ――そう言い聞かせても、ルカは元から子供は嫌いではない。面倒見のよさから、子供の姿だとどうにも力が入らなかった。


 戦っているフィスは、むろんルカのことはしらない。彼女が過去、事故とはいえ小さな子供を潰しかけてしまい、それ以来、本気の力を子供に向けることを躊躇い、若干のトラウマになっているということを。


 ――彼は敵。彼は魔族。


 ルカは唱えるように心の中で繰り返す。ここは戦場だ。攻撃してくる敵は倒さないといけない。それが、たとえ子供の姿をしていても。ドゥエーリ族の戦士として、敵には容赦するな――


「氷雪の舞!」

「なんだい、でっかいお姉さん! この温い氷はさ!」


 吹雪のなり損ないを前に、フィスは余裕である。ルカは思わず反射で叫んだ。


「で、でかいお姉さんとか言うな!」

「あれ? 気にしてた? 大きなお姉さん」


 子供はすぐ大人をからかう。ニヤニヤしているフィスに、ルカは真っ赤になって怒る。


「落ち着いてください、ルカさん!」


 メントゥレ神官長が後ろから声を張り上げた。


「子供のイタズラですよ! 乗せられてはいけません」

「子供言うなァー!」


 フィスが、メントゥレめがけて電撃を放った。神官長は杖を前に出して、飛来した電撃を弾いた。


「意外と沸点は低いらしい……」


 メントゥレはボソリと呟くと、浮かんでいるフィスを見た。


「あなたは子供ではないですか。子供を子供と呼んで何が悪いのでしょうか?」

「僕は、子供じゃない!」


 再び電撃を撃ち込むフィス。


「いいえ、子供ですよ。そうやってムキになるところとか」


 しかしメントゥレは杖の魔法防御効果を活かして防ぐ。……防ぐのだが。


「さすがにこれは厳しいですね……!」


 あまりこういうことは得意ではないのだ。


「メントゥレさん!」


 ルカが下がって、氷の壁を形成。フィスの魔法から身を守る盾となる。いつもの表情に戻ったのを見て、メントゥレは溜めていた息を吐き出した。


「よかった。いつものルカさんですね」

「すみません。心を乱されました」

「私も命拾いしました。中々機敏には動けないもので」


 だが、氷の壁の上をフィスが通過してくる。


「お前らぁ! 完全に許さないからな!」

「貴方に許してもらうつもりはありませんよ」


 肩で息をしていたはずのメントゥレは、何事もなかったかのように背筋を伸ばし、表情を改めた。神官長モード――救いを求める人々を不安にさせない威厳状態。


「そもそも、私たちは、貴方に謝罪しなくてはいけないことは、まだしていないのですから」

「僕を馬鹿にした!」

「していませんよ。貴方が勝手に勘違いされただけでは?」


 メントゥレは、にこやかに言った。


「自身の胸に手を当てて、よく思い出してください。私やルカさんが、いつ貴方を馬鹿にしましたか?」

「お前、僕を子供と言った!」

「言いましたよ。事実ですから。私はありのままを口にしただけです。子供を大人というのは嘘になりますからね。貴方も自分を騙すのはおやめなさい」

「……っ、何を言ってるんだお前は!?」


 苛立つフィスに、メントゥレは微笑んだ。


「さあ? 私も何を言ってるんでしょうね?」


 ルカさん――小声でメントゥレが言えば、傍らにいたルカは氷竜剣の魔力を解放した。


「氷の竜。地より出でて、凍らせよ。氷結!」


 肌を刺す冷気が吹き上げた。たちまち、フィスの体が凍りつく!


「こんな――こ――」


 あっという間にフィスは氷に包まれ、そして地面に落下した。

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