第329話、呪いの右腕


 リザードマン・ハイブリッドのフレールと、カバーンの戦いは一方的なものになりつつあった。


 はじめこそ、獣人のパワーとスピードで、フレールに対抗したカバーンだったが、相手もパワーとタフさに定評のあるリザードマン。しかも得意としている距離で圧倒され、もはや反撃さえ、まばらだ。


「……まったく、貴様の中身はリザードマンなのではないか? 獣人とは思えぬほどしぶとい」


 フレールも驚きを禁じ得ない。


 ハイブリッドとなって強化された爪は、戦闘用のナイフの如く鋭利で、突きも切断にも威力を発揮する。


 並の金属鎧をも貫くクローに対して、カバーンは耐えた。否、耐えたというより――


「その防具が優れているのか」


 何度切っても切れず、刺しても貫通しない装備――サタンアーマー防具は、カバーンの命を守ったのである。


「これでも駄目か」


 カバーンの腹部に十連突きを叩き込む。普通なら今頃、腹に穴が開いて絶命するところだが、その強靱な防御性能が、フレールの攻撃を貫かせなかった。


 だが、まったく無傷というわけではない。


 倒れるカバーン。切れなくても刺せなくても、打撃ダメージは通っている。


「それでも、普通なら臓物が破裂して死んでおるだろうに。獣人とはここまでタフだったか?」

「……好き勝手、やりやがって……」


 起き上がろうとするカバーン。フレールは横からカバーンを蹴り飛ばした。周りで盾を構えている討伐軍の兵士たちが、顔を見合わせる。


 結界石をどうにか破壊しようと悪戦苦闘していたドゥエーリ族の戦士が叫んだ。


「カバーン!」

「くそっ!」

「哀れよな。そんな石ころ一つ、破壊できんとは」


 フレールが侮蔑に満ちた言葉を吐いた。


 カバーンが時間を稼いでいる間に、結界石に取り付いた者たちは、その結界石を破壊できずにいる。


 さらに周りには、ドゥエーリ族の戦士と兵士に死体がいくつか転がっていた。カバーンを助けようと飛び込んだ者たちは、あっさり返り討ちにあったのだ。


「情けない。その小僧の努力は無駄となったわけだ。我は倒せず、結界石も壊せず――」


 芝居がかった仕草で天を仰ぐフレール。その時、盾を並べていた前列がしゃがんで、後列から無数の矢が飛んできた。


 十数本の矢は、リザードマン・ハイブリッドの体に、針の山のように突き刺さった。


「はぁ……。人が話している時に仕掛けてくるんじゃない!」


 ブン、とフレールが腕を振るう。それは鞭のようにしなり、あっという間に半径5メートル圏内にいた、討伐軍兵士を両断した。盾持ちは、盾の上部と首を落とされ、弓兵は胴を切り裂かれた。


「うむ、やはり切れ味が落ちているわけではない。あの小僧の防具が異常なのだな。フハハ」


 納得の笑いをあげるフレール。刺さっていた矢がボトボトと落ちていく。鱗の傷もすぐに消えた。


 後ろで結界石のそばにいたドゥエーリ族の戦士たちは、あまりの光景に絶句し、戦意を喪失してしまう。


「さて……」


 フレールは、そんな戦意をなくしたドゥエーリ族の戦士たちに歩み寄る。


「いつまでそこでそうしているつもりだ? 立ち去るなら、見逃してやってもいいぞ? ……フハっ、恐怖で声も出ないか。結構結構。お前たちの恐怖を感じるぞ」


 チロチロと舌で、人間の恐怖を感じ取るリザードマン・ハイブリッド。だがその時、背筋にゾクリとしたものが走った。


「敵!」


 飛来したのは黒いくの時の飛行物体。飛剣の類いか?――フレールの手甲が弾く。飛んできたそれは、元に帰り、そこにいた獣人が掴んだ。


「――少年? 少女?」


 フレールが一瞬判断に困ったその獣人は、ディーだった。白狼族の治癒術士は、倒れているカバーンに治癒魔法を使った。


 うっすらと意識を取り戻すカバーン。


「……ディー、か。すまねぇ……」

「よく頑張ったね」


 ディーは優しく声をかけた。カバーンは、少年だと聞いていたディーが、姉か母親のように感じてしまった。とても温かかった。


「なんで、ここに?」

「ラウネさんから、ヴィゴさんたちの様子を見てきてって言われたんだ」


 ディーは、獣人としての身軽さを買われて、連絡役を引き受けたのだ。本当はリーリエがやっていたことだが、フェアリーの彼女はただいまユーニと空中戦の指揮に忙しい。


「で、これはどういう状況? 他の皆は?」

「結界石ってのを、ぶっ壊す途中だ。ここ以外にもあって……皆、それを壊しに……痛え」

「わかった。じっとしてていいよ」


 立ち上がるディー。カバーンは手を伸ばす。


「お前は逃げろ。あいつ、強いぞ……!」

「でも、結界石っていうのを破壊しないといけないんだよね?」

「小僧だか小娘だが知らないが……」


 フレールが一歩前を踏み出した。


「ヒーラーのようだが、周りの状況を見て、我に挑んでくる覚悟はあるか?」

「確かに、ボクは治癒術士だ」


 ディーは、右手の手甲から、奇妙な形のナイフを取り出した。そしてそのナイフは、ディーの手の中で、ブーメランへと変わる。


「ほぅ、先ほど飛ばしてきたのは、その奇妙なナイフか」

「ブーメランっていうんだ。貴方は知らないんだね?」

「知らぬが、それは先ほど我には効かなかったぞ」

「そうかい!」


 ディーはブーメランを投擲した。フレールは余裕をもって手を伸ばし、飛んできたブーメランを掴んだ。


「これで、ブーメランとやらは――うぬ!?」


 ディーが素早く二つ目、三つ目のブーメランを投げた。まさか連続して放たれるとは思わず、フレールは二本目を身を引いて回避。三本目は空いている左腕の手甲で弾き飛ばした。


 三本目のブーメランは、ディーの手元に戻る。


「なるほど、手数で攻めてきたか。初の武器はやはり油断すべきではないな」


 フレールは、しかしハッと笑った。


「だが残念だったな! 貴様の攻撃は届かなかったぞ!」

「本当にそうかな?」


 ディーは相好を崩した。


「じゃあ、貴方の右手を見てみなよ?」

「右手、だと……うおっ!?」


 仰天するフレール。腕が、ブーメランを掴んでいた手が、黒い塊に食われていた。


「な、何だこれは!?」

「サタンアーマースライムって知っているかな?」


 ディーは、戻ってきた三本目を再び投げた。また食いつかれては困る――フレールは躱したが、そこで見えてしまった。


 先ほど投げた二本目のブーメランが結界石にくっつき、そして物凄い勢いで食べていくのを。


 結界石は、破壊された。そして――


「よそ見は厳禁!」


 ディーが、白狼族の瞬発力で、フレールに迫っていた。振り返ったリザードマンの頭に、ディーが右手で掴むと、触れたものを腐らせる魔王の呪い――黒きモノの力が、リザードマン・ハイブリッドを腐らせて溶かした。

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