第304話、マニモン、命拾い?


 あっぶねぇーわぁ!


 黄金宮の主、マニモンは玉座で平静を保ちつつ、しかし内心はとても焦っていた。


 それもこれも、ダーインちゃん――ダーク・インフェルノを持った騎士の存在。


 ヴィゴ、と仲間たちから呼ばれていたその騎士は、魔剣のみならず、聖剣――否、その上位の神聖剣を保持していた。


 これは非常に厄介だった。


 聖剣は魔王すら倒す力を持っている。しかし、そこらの聖剣は魔王を倒せても、大魔王に致命傷を与えるのは難しい。


 が、神聖剣となれば話は別だ。その力は、地獄の大魔王と言われた大悪魔ですら、殺すことができる神聖なる力を宿した武器。


 それとの戦いなど、マニモンは拒否した。俗っぽい言い方をすれば、こんなところで死にたくなかったのだ。


 もし、神聖剣がなければ――彼とその仲間を、黄金宮に侵入した罪で、嬲り、玩具にしていただろう。


 黄金宮は、マニモンのテリトリー。その不法侵入者に、一切の遠慮などいらない。


 彼女は悪魔だ。横暴、ズル、後出しなんでもござれで、相手を言葉で追い詰め、苦痛の中で、もがき苦しむ様を見るのが好きだ。


 たとえば、マニモンに質問してきた者を、答えてやった対価に魂を寄越せ、と強制したり、黄金像に変えてやったりとか。


 仲間が黄金に変えられ、怒りを露わにしたところで、悪魔特有の戯れ言で惑わし、さらに黄金像になった仲間を助ける方法を教えてやるから、その対価にひとり生け贄を出せとか、意地悪な言葉を浴びせて、さらなる迷いと犠牲を強いるとか。


 付き合ってられない、と逆上して襲いかかってきたとしても、大悪魔の体を傷つけることは、通常の武器や魔術では不可能。神聖属性の付与武器や魔法なら、多少はダメージを与えられるが、致命傷にはほど遠い。


 マニモンの身体能力、力、技、魔法とあらゆるもので、敵を八つ裂きにでもできよう。


 そして殺した後は、マニモンの目に叶えば黄金として残してもよいし、死した後も、悪魔の奴隷として永遠の責め苦を与えてもよかった。


 だが。


 ――神聖剣だけは、駄目!


 こちらの呪いや、欺き、闇の魔術が全て防がれてしまう。そしてひとたび襲いかかられたら、マニモンも本気で逃げなければならなかった。当たり所が悪ければ、あっけなく命を奪われるからだ。


 あの騎士を怒らせてはならない。仲間の誰かを黄金に変えたり殺したりしたら、即時、神聖剣を向けて攻撃してくる。


 こちらの攻撃が当たればいいのだが、もし懐に飛び込まれでもしたら、いいのを一発食らうかもしれない。その一発たりとも食らいたくない!


 それに――その騎士は神聖剣だけではない。マニモンの作った特級魔剣、ダーク・インフェルノを持っているのだ。


 魔剣と神聖剣を同時に持っているなど聞いたことがないし、あり得ないはずだ。


 何故なら、魔剣は闇の力を持つ者、聖剣や神聖剣は光の力を持つ者が持てるものであり、反対の力を持つ者には、扱うことができない。


 だから、異常なのだ。


 魔剣と神聖剣を同時持ちできる人間がいるなんて!


 こいつは間違いなく勇者だ。しかもこれまで世界の危機のたびに現れた勇者たちの中でも、おそらく最強なのではないか?


 だって、魔剣と神聖剣を同時に――以下略。


 何とか、衝突を回避し、ヴィゴという騎士が黄金宮から出て行ってくれる流れになり、表情にこそ出さないが、マニモンは安堵していた。


 同時持ち云々はともかく、ダーク・インフェルノがあったのは不幸中の幸いだった。あれがマニモンに話しかけてくれたおかげで、ヴィゴとの問答無用の衝突は避けられた。


 どういう因果が、巡り巡ってこうなったかは知らないが、1000年前の自分よくやった、とマニモンは自画自賛である。


 ……そう、思っていたのだが。


『もう、お帰り?』


 降って湧いたように、幼さを感じさせる少女の声が玉座の間に響いた。


 ドキリ、と心臓を鷲掴みにされたような感覚を味わうマニモン。


 ――クソッタレ! 我慢できずに出てきやがった!


 ふわりと、高い天井――高すぎて闇に見えるそこから、ドレスをまとった少女が降りてきた。


 それも3人も。



  ・  ・  ・



『もう、お帰り?』


 唐突に声が降りかかった。見上げれば、フワリとドレスの少女が舞い降りてくる。何だ何だ……?


 お人形さんのような小柄な少女が3人、音もなく着地する。10歳くらい。3人とも姉妹なのか、白い髪に整った顔お持ち主だ。


 ひとりはストレートロング、ひとりはセミロング、ひとりはショートカット。人形のように無感動な顔はしかし、ダイ様に似てる……?


「お、お主ら!?」

「知っているのか、ダイ様!?」

「知らぬ」


 何だ知らないのか。気が抜けそうになる俺をよそに、ダイ様は言った。


「またマニモンが、魔剣でも作ったのだろうよ。顔が我にそっくりじゃろ?」

「確かに、姉妹かと思ったぜ」


 これはどういう状況だ? いきなり現れて、まさか戦おうってわけじゃないよな……?


『知らないとは、つれないの』

『酷いことを言うお姉様だわ』

『いいえ、妹かもしれないわ』


 口は動かないのに、少女たちの声が聞こえた。


『わからないの?』

『ワタシたちの事』

『まさか、まさか』

「……あんなことを言っているぞ、ダイ様?」

「うーん……」


 考え込むダイ様。ルカやディー、カバーンなどは身構えているが、ネムやニニヤ、騎士たちは困惑を隠せない。


「マニモン?」


 説明してほしいという意味を込めて、聞けば美しき大悪魔は額に手をつきながら溜息をついた。


「……その子たちは、魔剣よ。ただし、ダーク・プルガトーリョ。4つに分かれた欠片のうちの3つよ」

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