第303話、魔王の娘


 マニモンは玉座にもたれて、気怠そうな声を出した。


「私は、世界を黄金で満たしたい。でも、私が直接、世界に手を出しているわけじゃない。出したら、神様がこの世界に介入してきて、命がいくつあっても足りないからねぇ」

「なるほど」


 アウラが腕を組んだ。


「アナタほどの大悪魔ともなると、直接介入すれば神様が出てくるから困るってわけね。だから、人間と契約することで、間接的に自分の欲望を満たそうとしていると」

「どういうことだ?」


 シィラがチラ、とドリアードの魔女を見れば、彼女は視線をマニモンから離さずに答えた。


「人間などが契約しない限り、この大悪魔さんは何もしてこないってこと」


 それって、別にここで神話の時代の大魔王と対決しなくていいってことか? さっきから感じている重圧を考えると、戦えばタダでは済まない予感がしていた。


 何もできないなら、こちらから無理に手を出さなくてもいいのではないか。……そういえば、こっちから手を出さなければ、マニモンは何もしないって言っていたっけ。


 そこでダイ様が口を開いた。


「ところで、マニモン。今、このラーメ領で黄金領域をばらまいている奴らは、お主と契約しておるのか?」


 現状の汚染精霊樹と黄金領域の拡大。領域内の黄金化は、マニモンの願いを着々と叶え続けている。


「うーん、直接契約しているかと言えば、違うんだけど、まったく関係していないってこともない」


 マニモンは要領を得ない返事をした。


「どういうことだ?」

「昔の魔王ね……あの男は時の勇者に倒されたのは知っているわね? でも願いを叶える代価には、あの男の家族と臣下も含まれているのよ」


 すっと頭の上に手をかざすマニモン。


「つまり、魔王と関係のある者が、私との契約を魔王の代わりに遂行している……ということになるのかしらね」

「魔王の関係者」


 1000年前の話だろう。そのすでに死んだ魔王の代わりにって――


「ねえ、それってこの前、ハクが言っていた――」


 アウラが思い出したような顔になった。


 以前、ダイ様から1000年前のウルラート王国の話を聞いた時、ハクが、魔王の家族構成を質問した。


 もしかしたら、今のラーメ領の混乱は、その魔王の家族――娘の子孫が引き継いでいるのではないか、と彼は推測を口にしていたのだ。


「魔王の娘……?」

「ピンポーン! 大正解っ! よぉくわかったわねぇ!」


 マニモンが手を叩いた。……娘?


「そう。今、この領で、健気に瘴気を拡散させて黄金領域を作っているのは、ウルラちゃん。彼女が裏で手を引いているのよん!」


 魔王の娘、ウルラ。父が契約で魔王となった時、その家族は瘴気や呪いにやられないよう悪魔に転身し、臣下たちも悪魔や魔物に姿を変えられた。


 ウルラという魔王の娘も、悪魔となったというが――


「でも、1000年も前だろう……? そのウルラって娘はまだ生きているのか?」

「生きているわよ。今も元気に、このラーメ領――かつてのウルラート王国王都にいるわぁ」

「1000年も、どうやって……? 悪魔ってのは寿命はないのか?」

「ヴィゴ、悪魔は死ぬことはあるが、寿命はないぞ」


 ダイ様が指摘した。ふふっ、とマニモンは微笑する。


 そうか、悪魔は老衰はないんだな。なら1000年くらい生きていたってのも、悪魔の常識からすれば、何でもなく普通なのか。


「でも、何だって今なんだ?」


 1000年も生きていたら、もっと早く行動していてもおかしくないと思うが。


「さあ、居眠りでもしていたんじゃなぁい?」


 マニモンは、やはり他人事だった。ダイ様は口元を皮肉っぽく曲げた。


「案外、我のようにどこぞで封印されておったのかもしれんな。何かのきっかけか、あるいは、魔王崇拝者の手で蘇ったとか」


 ああ、それはありそう。かつての闇ドワーフ、最近でも魔王崇拝者たちの活動を目の当たりにしている。


 魔王の娘が封印されていますよ、って知れば、解放しようとするのもあり得るな。


「とりあえず、領主町を奪回し、精霊樹を倒すことは確定していたが、黄金領域化を完全に阻止するなら、魔王の娘も倒さないといけないってことはわかった」


 それがわかっただけでも大収穫だったな。このまま領主町を攻略したとしても、ウルラの存在を知らず、取り逃がしてしまえば、この事件は完全解決とはいえない。


「私としては、ウルラちゃんには頑張ってほしいところだけれど……」


 マニモンが言えば、ルカやシィラがキッと睨んだ。ヴィオなどは聖剣を手に、いつでも斬りかかる構えである。


 大悪魔は降参するように肩をすくめた。少なくとも、こちらから挑まなければ、攻撃しないつもりなのは間違いなさそうだ。


「ヴィゴ、どうする?」


 アウラが尋ねた。どうするって、マニモンのことか?


「害がないなら、戦う意味はない。こっちは領主町での戦いが控えているからな」

「いいの? 大悪魔を見逃して?」


 ヴィオが油断なくマニモンを睨みながら言った。悪魔と聞いて野放しって、確かに気持ちのいいものではないが……相手は、地獄の大魔王とも言われる超大物だろう? そんなのと戦って、お前たち勝てるって思ってる?


「俺はそこまで自信がないよ」


 いや、頑張れば勝てるかもしれないけど、俺はこの大悪魔の実力がどんなものか知らない。ただ神話に出てくるような相手なら、少なくとも雑魚ではない。本気で戦ったら……クランの仲間たちでも命を落とすことになるかもしれない。


 これは予感だ。何人か、いや大半が返り討ちにあう。最悪全滅しようものなら、玉座の間の前の哀れな黄金像として、永遠に仲間たちが飾られるとか、嫌すぎるぞ……。いやまあ、俺は見た目あんまだから、わざわざ飾られることはないだろうけど。


 平和的に、明日以降の戦いのための温存だ。


 マニモンが干渉できないなら、ラーメ領奪回のために必ず討伐しなければならない『敵』ではない。ただ悪魔だからと、狂犬よろしく挑むのは、そこらの獣並みの思考としかいいようがない。


 目的を見失ってはいけないのだ。


「ニエント山トンネルを、討伐軍が無事通過できるなら、これ以上ここにいる理由はない」


 俺がマニモンに視線を向ければ、彼女は手をヒラヒラと振った。


「手は出さないわよ。まあ、こっちへ来るなら、幽霊ちゃんたちがお出迎えするだろうけれど」


 この黄金宮で俺たちを襲ったゴーストたち。でもあれは、侵入者に対するガードマンだったわけで、俺たちが入らなければ襲われなかったとも言える。


「そちらが手を出さないなら、俺たちも手を出さない。そっちも、そうだろ?」

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