第302話、大悪魔の契約
大悪魔マニモンと名乗った妖艶な女悪魔は、魔剣ダーク・インフェルノを作ったという。やたら自慢げなところは、ダイ様に似ていると思った。
アウラ曰く、神話の時代の大悪魔らしいが……。さて、どうしたものか。
俺たちは、ニエント山トンネルの安全確保のため、危険かもしれない黄金宮を探索にきたのだが。
底知れぬものを感じる。美女の姿をしていても、その正体は悪魔。普通に考えれば、俺たちに牙を剥いてきてもおかしくはないが、ダイ様との絡みを見る限り、そういうのも薄そう。
いや、これは単に見せかけだけかもしれない。悪魔というのは実に狡猾だ。油断してはいけない。まして、見た目で侮るのも危険だ。
「さて――」
マニモンは黄金の玉座に座り、足を組んだ。
「それで、ダーインちゃん。ここには何しにきたのかしらぁ?」
「うむ、実は斯く斯く云々でな――」
ダイ様がペラペラと、いや、正直に俺たちがここにきた理由を話す。いいのかな、と思いつつお知り合いらしいダイ様に任せる。こっちとしても、大魔王は想定外なんだよな……。
「で、何故お主は、ここにおるのだ? 我の記憶では、ここは魔王の城だろう?」
「いいえ、それは違うわよぉ、ダーインちゃん。今も昔も、この黄金宮は私の城」
「そうだっけ? 我が生まれた時から魔王の居城だったと思っておったが」
「んー? まあ、貸してあげたというか、契約ってやつぅ?」
マニモンは両手を合わせて、枕にするように頬に当てた。
「力が欲しいと言ってやってきたから、私が、彼を魔王にしてあげたの」
!? 魔王にしてあげた?
驚いたのは俺だけじゃないはずだ。仲間たちも一様に驚いているが、ダイ様だけは腕を組んで考える仕草をとった。
「うーむ、我の記憶と色々違うな……」
「無理もないわよ。あなたが生まれる前の話なんて、どうせ又聞きでしょうし。……何にせよ、彼が自分を追い出した連中に復讐するまで、この黄金宮のある浮遊島を貸してあげたの」
だから、ダイ様がこの黄金宮の主が魔王だと勘違いしたということか。
「しかし、気前がいいことよ。城と浮遊島を貸してやるなど」
「彼は願いを抱えて、私のもとにやってきた。私はそれに対して契約で応えたまでよ」
「契約……?」
さっきもそう言っていたな。俺の呟きが聞こえたのか、マニモンは目を細めた。
「そっ、契約。私くらいの大魔王は、大抵のことはできてしまうのよ。だから、無力で非力な人間が願うことも、叶えてあげられるわけ」」
大抵のことができる、とか言うと、白獄死書ことハクを連想させる。人間のことを見下している点は、ハクとマニモンでは違うけど。
「人は欲望を持つ生き物。強くありたい、美しくありたい、富を獲得したい、好きな人を手に入れたい……」
マニモンの目が、悪魔のそれに変わる。
「願いが叶うなら、たとえ悪魔でも構わない」
それは誘惑だ。己が努力し、しかし手に入れられないと絶望し、自分以外の要因に救いを見いだす。
「神様は救ってくれないものね。だから、話が通じるだけ、悪魔に願う者もいる――」
悪魔の契約。願いを叶えるのと引き換えに、命とか魂とか、代価を要求する。
だがそれは真っ当なものとはいえない。悪魔が言う契約なんて、絶対ろくでもない。教会でもそう教えているし、悪魔は人を言葉巧みに誘惑するのだ。
詐欺師の手合いだ。悪魔との契約は、十中八九、その人を不幸にする。
本当なら、これ以上悪魔の戯れ言は聞かないのが正解かもしれない。
だが、ここで問答無用で飛び込む気にはなれなかった。迂闊に向かってはいけない、と本能が囁くこのプレッシャー。大魔王という肩書きが大きすぎる。
「それで、大悪魔は、魔王との契約で何を得た?」
試しに聞いてみれば、マニモンは微笑んだ。
「私は、あの男を魔王にしてやった。彼が必要とした力をくれてやったのだから、私は約束を果たした。だから私は、その代価として、魔王を下僕として、私の願いを果たすための手足となって働いてもらったのよ」
「願い……?」
「そう、私の願い!」
「その願いって、何?」
世界を征服するとか……?
「黄金よ」
マニモンはニンマリ笑った。
「私の望みはぁ、この世界を黄金に満たすこと!」
世界のありとあらゆるものを、黄金色に染め、全世界を黄金郷化する。それが、大悪魔にして大魔王マニモンの願望。
「世界に黄金が溢れたとしたら、価値が下がるんじゃないかしら」
アウラがボソリと言った。
黄金はそれなりに希少だから価値があり、持て囃される。しかし、それがそこらの砂や石のようにゴロゴロしていれば、値打ちがなくなるのではないか。
だって、そこら中にあるのだから。ちょっと拾えば手に入るものに、価値などあるだろうか?
「わかってないわねぇ。綺麗なもので視界に映るものすべてを満たすこともまた幸福というもの。物と交換するとか、相対的な値だけが価値ではないのよ?」
マニモンは余裕だった。ただ黄金が好きだから、綺麗だからという理由。
そりゃあ黄金が山となっているものを見れば、何かしら満たされるかもしれないが、やっぱり価値があってこその満足感だろうし……。うん、俺には好きだからといって、それで世界を満たそうって感覚はわからないな。
「黄金が好き過ぎるのはわかった」
全てを黄金にしたいって公言する悪魔だからな。この黄金宮のものがすべて黄金だったのも、見てきたらわかる。
「だが、それをされると俺たちは困る」
黄金化を促す瘴気は、人を魔物に変える。魔王となった男とその家族や臣下も、黒きモノや魔物に変わったと聞く。
世界の黄金化は、俺たち人や、その他生き物の異形化もセットになっているだろう。その野望は、受け入れられない。
「俺たちは化け物にも、そこの黄金像のようになりたくないからな!」
玉座の間の外にあった黄金像たち。魔王に立ち向かった戦士たちの成れの果てか。それとも、このマニモンの仕業かはわからない。だが、そういうのは御免蒙るってもんだ!
「あなたたちだって、金は好きでしょう?」
マニモンは誘惑するように胸を突き出した。
「少なくともぉ、金が嫌いな人間は見たことがないわぁ」
「かもな。それについては、否定できないかもしれない」
世間様全員の意見を代弁するつもりはない。嫌いな人もいるかもしれないが、それはそれ。俺が責任を持つようなことではない。
「どうする、大悪魔マニモン? お前が、このまま世界の黄金化を進めるなら、俺たちも生存権をかけて戦わないといけない!」
これ以上、瘴気をばらまかれて、黄金領域を増やされても困るのだ。
「あー、何か勘違いしてるっぽいけどぉ、私と戦っても、ラーメ領の黄金領域は変わらないわよ?」
マニモンは他人事のように言った。
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