第301話、玉座にいたモノ


 玉座の間の手前に着いた俺たちだが、そこに黄金の人の形をした像の集団と遭遇した。


 槍を持った戦士。


 重装備の騎士。


 老いた魔術師。


 若い神官。


 そのポーズは、像というにはあまりに生々しく、躍動感に溢れていた。まるで生きた人間が、そのまま像になってしまったように……。


 そうなのか……?


 これは、かつての魔王に戦いを挑んだ者たちの成れの果てなのだろうか?


「まるで、メドゥーサの邪眼にやられたような有様ね……」


 アウラが、黄金像の間を抜けながら、その名を口にした。カバーンが口を開いた。


「何です、姐さん。メドゥーサって?」

「頭髪が蛇で、女の上半身に下半身は蛇という魔物よ。その目を見た者は呪われて、石になってしまうの」

「マジっスか! 目を見たらって、そんな化け物とどう戦えばいいんですか!?」

「目を見なきゃいいのよ」


 ニンマリするアウラ。シィラがブルリと身震いした。


「そんな奴と出会いたくはないな。あたしなら、相手の目を見てしまう」


 敵の動きを見る時に、目を見るというのは重要だ。目は物を語る。相手の狙いや行動が、目の動きでわかるのだ。


 シィラの後ろにつくネムが、腰を抜かしながら来ないよう訴えているようなポーズの黄金像の横を抜ける。


「これも、そのメドゥーサってヤツの仕業?」

「どうなんだい、アウラ?」

「メドゥーサの邪眼で石化は聞いたけど、黄金化はないわね」

「ここが黄金領域だからでは?」


 セラータが黄金像の間をジャンプで飛び越えて、先行した。周りを見渡し、敵がいないか確認する。


「確かにね」


 アウラは首を振りながら、その後に続く。


「ここが黄金領域だから、元は石だったけど黄金化した可能性はあるわね」

「それって厄介じゃありません?」


 イラが振り向いた。


「メドゥーサがいるかもしれないってことですよね?」

「今もいるかはわからないわ。だってここは1000年前の遺跡よ」


 黄金像の装備も、現代のそれと比べるとかなり古めかしい。


「さっきから見かけるのはゴーストばかり。悪魔でもいれば別だけど、結局見かけなかった。悪魔の巣窟の黄金宮だけど、魔王の居城で、その魔王もいないんだから、メドゥーサもいないでしょうよ」

「ヴィゴさんはどう思います?」


 ルカが尋ねてきた。俺は肩をすくめる。


「いてほしくはないね」


 そしていよいよ、玉座の間につく。黄金に煌めく床や壁、天井。それに加え、金銀財宝が山のように積み上げられていた。


 奥にある黄金の玉座には、人の気配。


 俺たちは、とっさに構えた。そこにいたのは、女だった。


 黄金色の長い髪。灰色の肌は悪魔を連想させるが、その顔立ちは整っていて、若く、そして美人だった。黒いピッチリしたドレスをまとった肉感的な魔女である。


「おやおや、お客さんだわぁ」


 その悪魔のような肌の女は、俺たちに蠱惑的な笑みを投げてきた。


「ようこそ、我が黄金宮へ。人の来訪は、いつ以来かしらぁ?」


 こちらが武器を構えても、平然としている。まったく敵意は感じられない。しかし、何だ。この女から感じるプレッシャーは?


「ヴィゴ」


 ボソリとシィラが言った。魔法槍タルナードの穂先を、玉座の女に向けたまま、ジリッと前に出る。その視線は『戦うか?』と確認をしている。


「あらあら、そんな怖い顔しなくても、私は何もしないわよぉ。まあ、どうしても戦いたいというなら、別だけれど」


 そう女は言い、そこでふと思い出したような顔になった。


「ああ、この肌のせいで警戒されてしまったのねぇ!」


 自身に頬に手を当てると、すっと肌の色が白く変わった。


「人間と話す時は人間の姿でないとねぇ」


 そういう問題じゃないんだが。そんな俺を見た女は、目を見開く。……何だ?


 じっと俺を――正確には、俺の手にある魔竜剣を見ているような。


「ひょっとして、その剣。ダーク・インフェルノ?」


 あ、やっぱり魔剣を見ていたか。


「だったらどうした?」

「いやぁ、懐かしいわぁ。その魔剣、封印されていたって聞いたけど。……そう、それを持っているということは、貴方は魔剣使いなのね。新しい持ち主ができて、よかったわね、ダーインちゃん」

『その呼び方、気に入らないなぁ』


 魔竜剣から、ダイ様が出てきた。女はパンと手を叩いた。


「あー、やっぱりダーインちゃんだぁ。……でも色が変わってない? それに前と姿も変わってる」

「フフン、見ての通り、我はパワーアップしたのだ! どうだ、驚いたか!」

「あー、ダイ様?」


 雑談が始まりかけているので、俺はさすがに口を挟むことにした。


「この女の人、お知り合い?」

「あぁ、この女か……女?」


 何故かそこで首を傾げるダイ様。え、女じゃないの?


「はじめましてぇ、魔剣使いちゃん。と、そのお仲間ちゃんたち」


 すっと玉座から立ち上がるその女。


「私はマニモン。この黄金宮の持ち主にして、大・悪・魔。どうぞよろしく――」


 恭しく礼をするマモン。大悪魔だって――?


「そんな……」


 アウラが驚愕する。


「大悪魔マニモンって、神話の時代の大悪魔にして、地獄の大魔王のひとり……!?」

「そう。コヤツは古の大魔王で、1000年前……我を作った悪魔だ」


 最後は、何故か嫌そうに言うダイ様である。ダイ様を――ダーク・インフェルノを作った、だと……!?


「フフ、そうよぉ。この私がっ! ダーク・インフェルノこと、ダーインちゃんを作ったのよぉ!」


 やたらと豊かな胸を突き出すようにしながら、マニモンは天に腕を突き上げた。

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