第298話、タブーの根源?
ペルセランデから、再びラーメ領へ。ニエント山へと戻るまでに、討伐軍の長い行列が街道を進むのが見えた。
先頭は、もう数時間くらいでトンネルまで到着するだろう。
ドゥエーリ族の傭兵団が警戒してくれているニエントトンネルに入り、放棄されているドワーフ集落へと向かう。
「オレはこの図面を元に、さっそく船を直すよ」
ハクは張り切っていた。大昔の魔術師の魂を持つ魔術書である彼だが、オリジナルもきっと好奇心旺盛な人物だったんだろうな。
一方、アウラは移動中、ずっと考え込んでいた。
「ドワーフたちの言っていたことが気になるのか?」
「気になるわよ!」
ドリアードの魔女は目を回した。
「まあ、おおよそ見当はついているけどね」
「そうなのか?」
「たぶん、魔王関係の話だと思う」
「本当か?」
「フェッロの反応がさ、アンジャ神殿から戻ってきた時の反応に似ていたのよ」
アンジャ神殿――闇に墜ちたドワーフが、魔王を信奉していたという呪われた神殿。墜ちたドワーフに関係する話題は、現在でも禁忌とされているという。
俺たちは、観光ついでに神殿探索したのだが、ドワーフ的には暗黙のルールを破ったとかで、案内したマルモが一年間の追放罰を受ける結果となった。
……まあ、本人は外に出る機会を伺っていたので、むしろ喜んで集落を出たが。
「ラーメ領は旧ウルラート王国の遺跡が多い」
アウラは唇を引き結んだ。
「魔王が侵略した土地として、なにがしら、関係しているものをあのトンネル地下で見つけてしまったのかもしれない……」
魔王に関係するものを発見した。そういえば、マルモが、あの辺りの採掘場に違和感を抱いていたっけ。まだ掘れるのに、急いで撤収したような、中途半端さを感じるとか。
採掘期限があったんじゃないか、とも思っていたんだけど。
「魔王に関係するモノを見つけてしまい、慌てて手を引いた……ってことか?」
「そのほうが、筋は通るわね」
俺たちが、廃集落に到着すると、ルカとファウナが待っていた。
「ヴィゴさん、お帰りなさい」
「……守護者様」
「ただいま。……何かあった?」
「……あまりよろしくないものが」
エルフ巫女のファウナが、神妙な調子で頭を下げた。
・ ・ ・
それは四つあった採掘場のうちのひとつ、その端にあった。坑道として掘ろうとしただろう穴があって、その先に行くと奇妙な建築物があった。
「なんだここは……?」
異質な空間だった。穴の先は大空洞になっていて、下に百メートルほどの崖となっていて、底に溶岩なのか黄金なのかわからない光が瞬いていた。
ちょっと眩しすぎて注視できない。では上はというと、巨大な逆三角形で黄金の塊――建物のようなものが天井にくっついていた。こちらもキラキラと輝いているが、大きさもまたデカい。
あまり広くない穴から、見上げる俺たち。ファウナは心持ち眉にしわを寄せた。
「……邪な力を感じます。あれは魔の領域です」
「天井ってのが異様よね」
アウラは目を鋭くさせた。
「ピラミッドとかいう遺跡の話を聞いたことがあるけど、それを逆さにして天井から生えている風に見える」
「ピラミッド……?」
「いえ……これはひょっとして、そうなのかしら」
「アウラ?」
「伝説があるのよ。大悪魔と黄金宮の話」
魔界とも地獄とも言われる場所にある、黄金の宮殿。そこには邪悪な悪魔が多数棲んでいて、大悪魔が人類を誘惑し、奴隷にしようとしている――とかいう。
「あれが、その大悪魔の宮殿だっていうのか?」
そんな馬鹿な、と思いたいが、ファウナはあの黄金ピラミッドを魔の領域だと評した。
ドワーフたちが掘り進めた穴の先にあった黄金の宮殿――魔王の力を恐れ、墜ちた者が現れたことを禁忌としたドワーフたちは、これを見て、さっさと逃げ出したのではないか?
「……誰か、ここから悪魔を見たか?」
仲間たちに確認をとれば、皆、一様に首を横に振った。
何でこんな厄介なものと出くわすんだ。
「ただの遺跡なら無視できる。いや、無視したい」
討伐軍がすぐそこまで来ているのだ。汚染精霊樹と、領主町での戦いが控えている以上、余計なことに首を突っ込みたくない。
「だが、問題はある」
「あの黄金の宮殿が、ラーメ領を占領する敵に関係している場合」
アウラは眉をひそめた。
「討伐軍が通過しているタイミングで、あそこから敵が現れたら、トンネル内は地獄になる」
廃集落に黒ワームが出た時点でも、処理しなくてはいけない対象だった。
汚染精霊樹なんて、化け物が生えてきた時点で、本物の悪魔とか魔族とかが関係していてもおかしくないんだよな、この事態。黄金領域を生み出す瘴気も、いかにも魔の者たちのテリトリーだろうし。
「これまで、あそこから悪魔が出てきたって話を聞いたものは?」
誰も答えなかった。この辺りに住んでいたラーメ領の住人は、ほぼ全滅した。この地方の伝承とか、ニエント山に悪魔が出るとか、そういう噂話やら情報を教えてくれる存在もいない。
「なあ、ちょっといいか?」
話を聞いていたシィラが手を挙げた。
「あれは、本当にその……悪魔の住処なのか? さっきから見ている限り、悪魔とか魔物の姿は見ていないぞ?」
「ただの遺跡だって言いたいの?」
「かもしれないっていう意味だ」
シィラとアウラのやりとりを聞いて、俺はため息をついた。かもしれない、か。
「となると、やりたくはないが調べるしかないな」
俺が視線を皆に向ける。目が合ったルカは、小さく頷いた。
かもしれない状態を放置が一番危ない。あの時やっておけば、と絶対後悔するやつだ。
ファウナは、邪悪を感じ取っているみたいだけど、伝説とか伝承にあるという悪魔の宮殿でありませんように。
そしてできれば、ラーメ領の敵を倒す手掛かりなり、汚染世界樹に有効な対策などがわかるといいなぁ……。
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