第297話、タブー


 ニエント山地下の残敵掃討を仲間たちに任せて、俺とハク、アウラはペルセランデへと飛んだ。


 本当は、マルモを連れていきたいところだが、彼女は一年間、集落から追放されているので、今は戻れない。


 幸い、フェッロさんとは挨拶して顔は知っているし、邪甲獣装甲の件について、俺が聞きに行っても何の不自然さはない。


 ダイ様の使い魔に乗って、ラーメ領から移動。王都カルムの上空を通過して、ペルセランデへ。王都から見ると東と西で、真逆なんだよなラーメ領とペルセランデは。


 前回と同じルートを通り、地上から地下へ。そしてそのまま洞窟を通って、ドワーフの集落へと着いた。


「ようこそ、ペルセランデへ!」

「どうも!」


 屈強なドワーフ戦士が台の上から挨拶してきたので、こちらも返しておく。前回の時もそうだな。


「フェッロさんに会いにきた」

「ほぉ。突き当たりを左じゃ」

「どうも」


 前回来たのを覚えているのかな? 特に止められたりしなかったけど。


 大雑把な説明では、わからなかったので、道中、通りがかりのドワーフさんたちから聞いて、フェッロの工房兼自宅へと着いた。


 訪ねると、フェッロが出てきた。


「おお、ヴィゴか。久しぶりだな」

「久しぶり。確認したいことがあって、突然だけとやってきた」

「邪甲獣の装甲の話だろう? 入ってくれ」


 フェッロは俺たちを招き、工房へと導いた。ドワーフは低身長だから、人間からすると天井が低い。居間などは、人でも屈まなくても通れる高さではあるが……訂正、ベスティアや、ルカくらいの高身長だと少し膝を曲げる必要があるかも。


 内装はシンプルだが、家庭的で温かい。……と思ったら、工房に入った途端、工具やらなんやらが壁一面にあって、何とも賑やかだった。


「遣いを出すか迷っていたんだがな。先日、ようやく邪甲獣の装甲をバラせるようになった」

「それは朗報」


 後ろで、物珍しそうにしているハクとアウラをよそに、俺はフェッロと、机の上の邪甲獣装甲――両断された欠片を見やる。


「そもそも、この装甲って何なんだ?」

「骨だよ」

「骨? 邪甲獣の骨?」


 岩のようにも見える板のような形をしているが、これが骨だっていうのか?


「そう。以前、君が討伐した邪甲獣の骨を取り寄せて比較してみたんだが、硬さを除けば、ほぼ同じような素材でできていることがわかった」

「でも硬さが違う、と」

「そうだ。この装甲は中に細かな魔石が含まれている。ただでさえ硬い骨にさらなる強度をもたせているのが、魔石に含まれる魔力だったわけだ」


 それって――アウラがやってきた。


「装甲の中の魔力を抜ければ、硬いは硬いけど、その耐久力を下げることができる?」

「そういうことだ」


 フェッロは、装甲板の表面を、円を描くようになぞった。


「切断したい場所の魔力を抜くなり減らせば、耐久力が落ちるから、そこから切ることができる。逆に魔力を送り込めば、強度を増すこともできる上に、結合させることが可能だ」


 本当かよ……。切断したものを再びくっつけることができるなんて。木や石だって、一度切ったら、元には戻せないってのに。


「骨だからな。うまくくっつけたら、前より強くなるってものさ」

「なるほど」


 しかし硬さの秘密はわかったが、それをもって弱点というには、少し違うな。そもそも、戦場で邪甲獣と戦った時、相手の装甲から魔力を抜くとかという手段がない。


 ぶっちゃけ、魔竜剣や神聖剣のある俺からすれば、装甲以外の部位をぶっ叩いたほうが早い。


 ルカやシィラも、非装甲部分以外ならダメージを通せるから、少々手間取るだろうが、戦うことはできる。


 神聖属性を付与したら倒しやすくなる黒きモノと違って、邪甲獣相手には、まだまだ苦労させられそうだ。


 ただ、特性についてはわかったので、方法さえ見つかればまだ何とかなるかもしれない。


「あー、フェッロさん。話を変えて恐縮なんだけど」


 ハクが、こちらの話が一段落したのを見計らって切り出した。


「オレたち、今ラーメ領にいるんだけど、ニエント山の地下トンネルの話は知っているかな?」


 ドワーフたちがトンネル掘りと、その報酬として鉱物の採掘が行われたこと。そこで発掘されたものについて。


 ニエント山と聞いて、フェッロは苦い顔をする。だがハクが説明するのを最後まで聞いていたフェッロは静かな調子で言った。


「……聞きたいのは神の船のことか? ちょっと待って」


 ドワーフは、工房の奥に引っ込んだ。俺はアウラを見る。


「神の船で通じるんだな」

「ハクの言っていた通り、ドワーフ発掘説が有力になったわね」

「いや、あれは絶対、神の船だって!」


 ハクが子供のようにムキになった。アウラはニヤニヤ笑う。


「わからないわよ? ドワーフが、どこかで見た神の文字を刻んだのかも」

「意味をわかって刻んだんなら、その刻んだドワーフにもぜひ会いたいね」


 雑談していたら、フェッロが戻ってきた。手には一枚の紙。


「お探しのはこれでいいか?」


 受け取ったハクが中身を広げて確認する。彼の表情が緩んだ。


「設計図だね。これは預かっても?」

「ああ、構わない。もう我々には必要ないものだからな。処分できずに困っていたところだ」


 渋い顔で言うフェッロ。アウラは首を傾けた。


「ずいぶん、引っかかる言い方ね」

「気に障ったなら謝る。だが、我々ドワーフにとっては、ニエント山のことはタブーだからな」

「何かあったのか?」

「ああ、何かあったらしい。だが親爺の世代の話だから、よくは知らない。だが、またこのペルセランデへ来るつもりなら、その話題には触れないほうがいい」

「わかった。聞かないよ」


 ハクが宣誓するように掌を向ければ、フェッロが小さく口元を緩めた。


「それが賢明だ」


 何やらドワーフたちには、ニエント山とは因縁があるらしい。トンネル近くの集落で、何かがあった。


 一体、何があったっていうのか? ドワーフは語らない。

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