第296話、船は浮かぶ


 残敵掃討、というか、討伐軍が通る際の障害がいないか、ニエント山地下のドワーフが掘った坑道や採掘場を調べた。


 結果的に、アウラやハクが探していた旧ウルラート王国の遺跡の残骸は見つけることができた。


 ま、破壊された跡で、その瓦礫を、ドワーフたちが集落の建物に利用したってのがわかったくらいだったけど。


 ダイ様の話じゃ、旧ウルラート王国は侵略される側だったから、基本的には破壊されてるほうなんだよな。


「でもコーシャ湖の地下にあった遺跡は、比較的形が残っていたわよ?」


 アウラがそう反論するので、俺は肩をすくめてみせる。あいにくと専門家じゃないもんでね。


 それはそうと――


「マルモ、どうした?」

「ヴィゴさん……」


 何やら難しい顔をしているドワーフ娘。何かあった?


「どうも、ドワーフが採掘をしたんだろうなーってのはわかるんですけど、お仕事が中途半端っな感じがするんですよー」


 鉱物も掘り尽くしたわけでもなく、まだまだ掘れるにも関わらず撤収した跡が見られると、マルモは首を捻る。


「期限でも決められていたんですかねー。仕上げが雑っていうか、慌てて引き上げたような……って言ったら違うんですけど、なーんか、引っかかるなって」


 ドワーフの仕事らしくないと、ドワーフであるマルモが言うのだ。正直、俺にはピンとこないんだけど、同じ種族の仕事だからこそわかるんだろうな。


 マルモも言っていたけど、採掘期限があったって考えたほうが自然かもな。


 それにしても、ドワーフさんたちは、ずいぶんとニエント山の地下を掘りまくったようだ。まるで蟻の巣みたい。


「ヴィゴー!」


 いつもの如く、突然リーリエが現れた。毎回ビックリしかけてるんだよね、突然だからさ。


「ネムがすっごいの見つけた! お船よ! お船が浮いているの!」


 船が浮いている? 聞き違いかな。ここは山の下で、川や湖じゃないんだぜ?


「地底湖ですかね?」

「あー、なるほど」

「違うんですけどー! いいから、来て!」


 俺とマルモはネムに誘導されて、現場へと向かう。ドワーフの採掘場のひとつに到着したが――おっと!


「本当だ」


 帆船に似た形をした、船っぽいのが宙に浮いていた。先に来ていたらしい、シィラやネムが見上げる船には、すでにハクとアウラが乗り込んでいた。


「で、この船みたいなのは何?」

「さあな」


 シィラが腕を組んで、船を見上げる。


「あの二人は、神の船じゃないかって言っている」

「……」


 神の船、ねぇ。神の島がこのラーメ領に落ちて云々とか言って、かつてのウルラート王国の遺跡の探索とかしていたけど、とうとう神様の乗り物を見つけたってか。


「……あまり神様の乗り物って感じがしないのは、気のせいかな?」

「かなりくたびれているのは間違いないな」


 シィラは頷いた。


「だが、これ、金属で出来ているぞ。木じゃなくて」

「うーん、何かこんな形のもの、見たことがあるんですけどぉ」


 マルモが唸る。


「どーこだったかなー」

「ドワーフに関係がある代物か?」


 彼女は、リベルタに加わるまで、自分の村のある地下から外へと出たのは一度しかないって話だ。当然、彼女の経験の大半は、地下生活である。


「あ、動き出した!」


 ネムが船を指さした。地上から3メートルくらいの高さを浮いていた船のようなそれが、ゆっくりと前へと進み出した。


「動いた……!」


 船の中から、ハクとアウラの興奮した声が連続して聞こえた。楽しそうだなー。神の遺物やらは、魔術師や研究者にとっては、夢の品っぽいからな。目の前にそれがあれば、我を忘れることもあるだろう。


「あ、思い出した!」


 マルモが手を叩いた。


「フェッロさんちで、スケッチを見たんだ! きっと、そうだ。あそこでこんな形の船を見たっ」


 フェッロさん? はて、聞いた覚えがあるような。……そうそう、ペルセランデにいたドワーフだ。邪甲獣の装甲版の解析を依頼された人だ。


「船だって聞いていたけど、これのことだったんだー。でも微妙に形が違うというか、作りかけ?」

「どういうこと!?」


 甲板からハクが飛び降りてきた。おい、危ないな!


「マルモちゃん、ドワーフがこの船のことを知っているのかい!?」

「え、ええ、たぶん。これの図面だと思うので、ひょっとしたらこの乗り物、ドワーフが作っていたやつかもしれないです」


 神の船ではないのか。何だ、と思う俺だったが、ハクは、マルモの肩をガシリと掴んだ。


「いや、マルモちゃん。この船は神聖語と言われる神の世界の文字が刻まれている。十中八九、神の船だよ!」


 ハクの圧が強い。戸惑うマルモ。


「え、でも――」

「オレの推理はこうだ。この辺りを採掘したドワーフは、この神の船を発掘したんだ。だが見ての通り、機能が完全じゃないから、再現もしくは、修理をしようとした。だからこれの図面をドワーフたちが持っているんだ」

「あー、なるほど」


 マルモがあっさり納得した。そういう考えもあるのか。


「となると、これを再現するためにも、そのフェッロというドワーフに会わないと……」


 ちら、とハクが俺を見た。……うん、嫌な予感がしたぞ。


「今からドワーフの里に行って話を聞きたい、と思っているんだけど……さすがにマズイよね?」


 明日にでも討伐軍が、ニエント山を通過する。そこから先は、いつ敵と衝突するかわからない状態。そこで、遺物調査とかやっている場合ではない。……と、ハクも一応、理解しているようだ。


 しかし――


「いや、行くぞ」

「え、本当かい、ヴィゴ!?」


 ハクが顔をほころばせたが、すぐに怪訝な顔になる。


「でもいいのかい?」

「ペルセランデに行けばいいんだろう? そういえば、邪甲獣の装甲の解析をドワーフたちがやっているんだけど、それがどうなったか知りたい」


 これから領主町での戦いが控えている。相手には黒きモノの他に邪甲獣もいる。そして神聖属性武器で少しは倒しやすくなったが、相変わらずあの装甲には手を焼いている状況だ。


 もし攻略法が発見されたなら、今後の戦いを左右する重大情報になる。確かめる価値はある。

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