第292話、空を飛べれば楽だよね


 ニエント山トンネルを奪回したことで、討伐軍のためのルート確保に成功した。難所を押さえたことで、その進軍はスムーズなものとなるはずだ。


 俺たちリベルタは、トンネル東側――領主町が見える平原に即席の陣地を置いたり、ニエント山頂上から、敵に動きがないか見張った。


「……動きがないですね」


 頂上に作った簡素な陣地と見張り台。弓使いのユーニが、じっと目を凝らす。


 黄金の領主町。黄金城も見えるが、一番目立つのはやはり汚染精霊樹だ。巨大過ぎるその木は、放っておいたら本当に伝説の世界樹のようになるかもしれない。


「敵は領主町で迎え撃つつもりなんだろうな」


 俺は望遠鏡で覗き込む。マルモが作ってくれた遠くを見ることができる道具だ。イラが使っている長銃にも似たようなものがついている。


「通り道で待ち伏せされないだけ、こっちとしてはありがたい」


 戦力を削られず、温存することができる。その代わり、領主町では、双方本気の総力戦になるんだろうけど。


「住民がいないなら、攻城兵器もドンドン使える」

「攻城兵器……ですか?」

「投石機とか破城槌はじょうついとか……後は聖剣とか魔剣?」

「なるほど」


 真面目なユーニは頷いた。……魔剣や聖剣は半分冗談だったんだけど。言うほど冗談ではないか。


「何もなければ、明日には討伐軍がニエント山を通過する。それまでこちらは警戒を続けないといけない」

「はい!」


 ユーニはどこまでも真面目だった。


 俺たちリベルタとドゥエーリ傭兵団は、討伐軍通過まで、この難所であるニエント山ならびにアドゥラ谷を制圧し続ける。


 闇鳥やゴムの分裂体で移動していると忘れがちになるが、領主町からこの山まで、徒歩移動は日にちが掛かるのだ。


 ざわっ、と監視所の後ろの方がざわついた。何事だろうと振り返れば、ドゥエーリ傭兵が西の空を見上げている。


 そしてすぐに、それを見つけた。ユーニが驚く。


「な、何ですか、あれは!?」

「闇鳥が何か引いているな……」


 俺は見たままを言えば、ユーニが魔法弓に手をかける。


「ば、馬車ですよね、あれ!」

「鳥が引いている場合、馬車じゃなくない?」


 闇鳥が牽引する車輪付きの車が、ゆったりとこちらへと向かっている。飛んできているのがセッテの町の方角である西なので、俺も慌てない。


 あのダークバード、たぶんゴムの分裂体だし。


 そして予想通り、ダークバードが引っ張っていた車に乗っていたのは、ハクだった。俺たちは見張り台を下りた。


「――おいおい、撃たないでくれよ。やあ、ヴィゴ、ユーニ」


 ドゥエーリ傭兵たちに敵ではないと言っていたハクが、俺たちに手を振った。俺は苦笑する。


「よう、ハク。……これが例の乗り物ってやつかい?」

「まさか。ただ、こういう使い方もできるって一例だよ」


 浮遊石を使った乗り物を作りたい――ハクはそう言って、ただいまその乗り物とやらを製作中。


 この一件、馬車――というか荷車にも見えるものも、その乗り物というやつの試作のひとつらしい。


「馬車じゃないけど、馬車っぽいな」

「動物に牽引してもらうって意味では同じだよ。それが馬なのか、闇鳥かの違いなだけで」


 ハクは言ったが、まさしくそれだと思った。


「車のほうに浮遊石を使っているんだな」


 それで空に浮くことができる、と。


「まあね。問題は動力をどうするかってことなんだ」


 ハクは腕を組んだ。


「浮遊石は、魔力を注ぐことで浮いたり下がったりするんだけど、それ以外の方向には行かないからね。推進力が別に必要になるわけだけど――」


 車を牽いてきた闇鳥が、黒スライムの姿に戻った。


「難しいことを考えなければ、何かに引っ張ってもらうというのが、一番簡単ではあるんだ。でも……」


 車の後ろへと歩くハク。俺もついていく。頂上の開けた場所ではあるが、そこの土に車輪の跡が結構伸びている。


「見ての通り、牽引式は止まる時も面倒でね。急に止まろうとすれば、車が引っ張っている動物にぶつかってしまう。大事故だよ。下手すれば車が壊れるか、乗り手が吹っ飛ぶか」

「それは嫌だな」


 絶対乗らないぞ、そんなの。


「だからゆっくり速度を落としながら下りるんだ。地面に降りた時も、少し走らないと止まらない」


 ハクは、車輪が回らないようにロックしてブレーキをかける装置を作った、と見せてくれた。ただ、このブレーキを使っても、すぐには止まらないらしい。


「でもまあ、これでも一応乗り物だろ?」


 何だっけ、神話で神様が聖獣に牽かせた馬車だか戦車だかで、空を駆けるのなかったっけか。


「まあね。だから、一応こんな形でも作ってみたわけ」


 その口ぶりだと、もっと違う形のものを作りたかったって風に聞こえるな。……ああそうか、神様の船の方が作りたいんだっけ。


「あの、これって何か役に立つんですか?」


 ユーニが唐突に言った。……何か若干トゲのようなものを感じた。


 真面目な彼女のことだから、遊んでいるように見えるんだろうか。そんな醒めたような目のユーニに、ハクは穏やかに応じた。


「これは空を飛べるからね。これ自体に戦闘力はないけれど、領主町の戦い前にあれば、急を要する輸送とかに使えるだろう?」

「あー、地上を歩くと、セッテから数日かかるもんな」


 現に俺たちは、討伐軍がニエント山トンネルに来るまで待っているところだ。陸路だと日にちがかかるけど、空を飛べればあっという間である。


「ダイ様の使い魔は、ヴィゴのそばにいて前線が確定。ゴムの分裂体も、想定外の事態と遭遇したら不安なんだよね。でもこれがあれば、たとえば対策ポーションの補充が大至急必要な時とか、頼りになると思うんだ」

「そうですね。それはとても大事です」


 ユーニは納得した。


「わたしが浅慮でした。申し訳ありません」

「いやいや、わかってくれればいいんだよ。……半分、オレの趣味だし」

「はい……?」

「いやいや、こっちのことこっちのこと」


 笑って誤魔化すハクである。


「でも輸送のことも考えると、やっぱりもう少し大きくて、牽引式じゃなくて自分で動けるようにしたいなぁ……」


 充実してそうだな、この魔術書さんは。まあ、ハクが言った通り、急な輸送や移動で役に立ちそうだから、俺から言うことは特にないんだけどな。


 実際、アドゥラ谷では浮遊板、活用されていたからね。

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