第290話、ニエント山トンネル


 ニエント山を東西に横断する地下トンネルがある。


 その長さ、およそ600メートル。かつて、ドワーフの協力のもと掘り進められたというこのトンネルにより、ラーメ領をほぼ直線で横断できる街道が整備できるようになった。


 現在の領主町へ続く最短ルートは、この街道ルートを通ることであり、途中アドゥラ谷の真ん中を進み、ニエント山トンネルを潜ることになる。


「山を登らず、通れるというのはありがたい話だよな」


 俺が言えば、アウラは首を傾けた。


「まあそうね。軍隊でも、重装備を抱えているなら、平坦な道を行くのが一番楽で効率的だもんね」


 俺たちリベルタと、ドゥエーリ族の傭兵団は、街道ルートにおける最大の難所となるニエント山トンネルの西側入り口にいた。


「何もなければ、難所でもなんでもなんだけどな……」


 トンネル内はわずかに傾斜はあるが、街道を通すにあたり、極力真っ直ぐ、かつ高低差がないように掘られている。


「中に敵が待ち構えているとなると、たちまち難所の出来上がりだ」


 俺が、前回の討伐軍の一員として、ここを通ったヴィオを呼ぶと、彼女は口をへの字に曲げた。


「前回も魔物はいたけど……今回はよくないね」


 トンネル内は明るかった。


 街道でもあるから、照明が用意されているのか、青みがかっているが地形がよく見えた。至る所にバリケードじみた低い石壁や木の防御柵があって、そこに黒オークら黒きモノが待ち構えている。


「石壁や柵が障害物になっていて、敵は壁を盾にクロスボウなどで、侵入者を狙い撃ちにするみたいだね……」

「魔法もね」


 アウラが指摘した。


「あちらにも、いかにも魔術師ってふうの黒ゴブリンとか、黒オークがいる」


 ゴブリン・シャーマンとかオーク・マジシャンってやつかな。クロスボウなども含め、障害物で守られているだけ、敵側が圧倒的有利だ。


 トンネル内だから通行できる範囲が限られているし、空から攻撃なんてできない。


「ヴィゴにとっても、上級魔術師にとっても切り札が使いにくい場所よね」


 アウラは眉をひそめる。


「下手に大技を使えば、天井を崩して崩落なんてこともありそう。……自分のところだと自滅だけど、もし敵側を崩落させたとしても、それでトンネルが通行止めじゃ話にならない」


 46シーは当然ながら、インフェルノブラストやディバインブラストもアウトの可能性大。


「直線のブラスト系は、一気に吹っ飛ばせそうなんだけどな。ほぼ真っ直ぐだから」

「敵に魔術師系がいなければ、ワタシも止めなかったんだけど」


 ドリアードの魔女は肩をすくめる。


「防御魔法を使っている奴がいたら、その防御反射が周囲に散らばって地形をえぐっちゃうかもしれないのよね」


 跳ね返った攻撃が天井を崩すかもって話だ。通行止めエンド。


「中、低ランク魔法に抑えつつ、地道に一個ずつ陣地を潰して進むのが、最短なのかな」

「いっそ迂回……は、できないよね」


 ヴィオが控えめに言った。彼女の従騎士であるガストンが口を開いた。


「このトンネルを通らないのであれば、そもそもここを進軍ルートにする意味がありません」

「そうねぇ」


 アウラは腕を組む。


「このトンネルを塞いでってなると、そもそも街道ルート自体使えなくなるって話だから。討伐軍を通すなら、このトンネルは是が非でも使えないといけない」

「だが――」


 ダイ様がひょっこり顔を覗かせた。


「正面から挑むのも芸がないな」


 クロスボウでバンバン矢が飛んできて、地形に影響の少ない低ランク魔法とかも撃ってくるという。一番守りが固いとわかっている場所に正面から突っ込まざるを得ないというのが最悪である。


「でも、俺たちは迂回してもいいかもな」


 俺が言えば、アウラとヴィオがこっちを見た。


「ワタシたちって、空から?」

「一応、こっちは頂上を押さえているだろ?」


 俺は天井、ニエント山の上を指さす。


「迂回して反対側、つまり東側入り口の敵を叩いて、トンネル内の敵を西側と挟み撃ちにするってこともできるわけだ」


 おおっ、とヴィオが感心したような声を出した。そこで神聖剣からオラクルが出てきた。


「あるいは東側の方が髙いのなら、そこからわらわの力で大量の水を流し込んでやるのもよいかもな」

「水攻め?」

「そうじゃ」


 大量の水を流し込み、敵を溺れさせるか、あるいは西側入り口まで流す。こちらは西側の外で待ち構え、流れ出た敵にトドメを刺す、と。


「悪くない。むしろ、いい作戦じゃないか?」


 俺が言えば、オラクルがドヤ顔を浮かべて胸を張った。


 水で流してしまえば、いちいちトンネル内の石壁とか柵をか気にしなくてもいい。引っかかるなどして留まれば、溺死だ。まともに戦うより楽なやり方だろう。


「あー、それ、たぶんムリです」


 マルモが、トコトコとやってきた。無理って?


「ここの洞窟、見ての通り、青光石があるんですけどぉ」


 ドワーフ娘であるマルモはトンネル内の明かりを指さした。青光石というのは、トンネル内を照らしている光のことだろうか。どうやら、青く光っている石のおかげで、明るいらしい。黄金領域に入っていることもあって、さらに明るくなっているという。


「このトンネル、ドワーフが掘ったって話じゃないですかー。たぶんその下にある魔石や鉱石をガンガン掘っていると思うんで、トンネル内は横穴だらけだと思います」

「あ、そういえば!」


 ヴィオが思い出したように手をパンと叩いた。前回通った時に見かけたらしい。マルモは続ける。


「たぶん水を流し込んでも、そっちの穴に流れていっちゃうと思いますよ」

「なるほど……。それにしても、よく知っているな。このトンネルに来たことがあるのか?」

「嫌だなぁ、ヴィゴさん。あたしは故郷以外に外に出たのは、王都カルムへ行った1回だけって言ったじゃないですかー。ここには来るのは初めてです!」


 でも、とドワーフ娘は入り口を覗き込んだ。


「ニエント山トンネルの話は、お爺ちゃんから聞いたことがあります。若いドワーフたちが、人間の依頼を受けてトンネルを掘りに行ったって話。それで、その下にある鉱物や魔石を報酬代わりに採掘していいって話だったそうで」


 へぇ……。ドワーフたちにとっては、割と有名な話だったようだ。


 しかし、そうなると、地道に潰していくしかない、か。

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