第289話、当面の問題


 俺たちリベルタは、討伐軍進軍ルート上の敵部隊を中央と南の、二つを叩いた。


 これで領主町にいる敵は、どちらのルートで討伐軍が攻めてくるのか、判断に迷うことになるだろう。


「ねー、どういうことぉ?」

「んー、つまりだな……」


 リーリエに聞かれたので、この小さな妖精さんに説明する。


「こっちが右手と左手を構えると、どっちの手を出してくると思う?」

「……そんなのわかんないよ」

「そういうことだ」


 えー、とか、リーリエが言う。え、これでわかんない?


「俺が右手しか使わないっていったらどうだ?」

「じゃあ右手だよね?」

「そういうこと」


 街道ルートと南ルート、その守備する敵の片方だけを叩いたら、そっちから攻めてくると思うのが普通だよな。


「でも、右手しか使わないように見せかけて、実は左手を使ってくるってこともあるよね?」

「お、賢い」


 俺が言うと、リーリエは頭をかいて照れた。


 片方だけ叩いて、注意を引いている間に、もう片方を動かしてそっちも叩いて、そこから進撃するってやつ。


「実のところ、右手でも左手でもなく、足で蹴飛ばしたんだけどね」


 領主町と汚染精霊樹への奇襲攻撃。これで敵も、ただ前線に部隊を送るだけではいけないという不安を与えることができたと思う。


「つまり?」

「連中は、領主町への奇襲を警戒しなくちゃいけなくなったってことさ」


 空からカパルビヨ城と精霊樹が攻撃された。次に攻撃される時は、もっと徹底してやられるかもしれない。だから阻止できるよう、防衛部隊を強化しようって。


 討伐軍迎撃のために、前衛に多く戦力を振り向けば、その分、町が手薄になる。領主町の守りを増強すれば、今度は前線に送る兵力が減る。


「しかも二つの進軍ルートをそれぞれ塞ごうとなると、さらに戦力の分散を強いられる。何せ、予め配備していた黒きモノたちは、俺らがやっつけちまったからな」

「んー、でもさ、でもさ」


 リーリエが俺の肩に乗った。


「そんなら分散せずに、始めから領主町に戦力全フリで待ち構えるって手もなくない?」

「本当に賢いな、リーリエは」

「えへへ、褒めても何も出ないよー。どうしてもというなら、イタズラをくれてやろう」

「いらんいらん」


 俺は辞退させてもらうぜ。妖精は、根っからの悪戯好きだから困る。


「敵が領主町に戦力を集中するっていうなら、それはそれで構わないんだ。前線を固めないってことは、討伐軍が進軍ルート上の難所を、突破しやすくなるってことだからな」


 つまり、こちらもほぼ全力で、領主町攻略をやれるってことだ。進軍中に戦力を削られて、領主町に辿り着くまでに半壊してました、では話にならないからな。


 むしろ、マルテディ侯爵の、リベルタを使った遊撃戦法の真の狙いはそこなんだ。


 進軍ルート決定の軍議の後、侯爵が相談してきた策が、敵をかく乱して、その戦力を領主町に引きこもらせる、だったから。


 あの人も頭いいよ。リベルタが使い魔などで空を飛べるって話は、王都カルム出発前から知っていたから、行軍中に考えていたのかもしれない。


 これで、敵が領主町に留まってくれるなら、万々歳。まだ戦力を送ってくるなら……討伐軍が来る前に、俺たちリベルタが遊撃を繰り返す。


 平原をノコノコ歩いているところに飛んでいって、魔竜剣と神聖剣――インフェルノドラゴンとディバインドラゴンが薙ぎ払うという寸法だ。


 この場合は、領主町にいる敵の戦力を削ることができるので、いざ攻める時に、その守備兵力が少なくなる。悪い話ではない。


 問題は、その領主町をどう攻めるか、と――


「汚染精霊樹をどう処理するか」


 特に精霊樹はデカ過ぎる。


「神聖剣の攻撃でも、ほとんど掠り傷程度だもんな」

「うーん……」


 リーリエが宙に浮いたままあぐらをかいて考えるポーズ。


「46シーもディバインブラストも駄目?」

「効くくらい連続で使ったら、倒す前にこっちがもたないよ」


 俺は苦笑する。


「一応さ、馬鹿馬鹿しいと思うだろうけど、聞いてくれる?」

「聞きましょう」


 リーリエが鷹揚に頷いた。……なんだ、女神様のつもりか?


「俺の持てるスキルで精霊樹を持って、地面から引っこ抜いてやるってのを考えた」

「あの精霊樹を?」


 妖精さんはビックリした。


「いやいやいや、あの大きさだよー?」

「大きさとか重さは関係ないよ。持てるんだから」


 ただスケール差を考えると、引っこ抜いても精霊樹の根っことか地面についたりするんだろう。人間ひとりの身長分の高さなんて、ちっぽけなもんだ。


「引っこ抜いたとして、それをその後どうするのってのが悩みではあるんだ。物がデカ過ぎるから、仮に放り投げても、精霊樹を横倒しにすることくらいしかできないし……」


 その場合、物凄く邪魔なんだろうな。町より大きな精霊樹が横倒しって。城壁なんてもんじゃないくらい邪魔な障害物になる。


「木って地面から引っこ抜いたら、どれくらい生きてるのかな……?」


 瘴気をいつまで放出し続けるんだろうか? 横倒しにしたくらいでは、黄金領域も止まらないとか。


「わからんことだらけだ」


 正解がわからないってのがな。ドリアードであり、本体が精霊樹であるアウラにも考えてもらっているけど……。


 ラウネにもお知恵を借りたいが、瘴気対策ポーション製作で忙しいしな。


 そう、領主町を攻めるということは、完全に黄金領域内。討伐軍が活動するためにも、対策ポーション製作は最優先事項なのだ。


「ねえ、ヴィゴ、ハクには聞いた?」


 リーリエが聞いてくる。俺は皮肉げな笑みを浮かべようとして失敗した。


「うまくはぐらかされた。何でもすぐに頼るのはよくないってさ」

「なにそれ。あいつ、いい加減過ぎない?」


 もっと頼ってもいいんだよ、といいながら、肝心な問題ではこれだ。今後こそ俺は苦笑する。


「結構、いい加減だよな、ハクも」


 ただ、アドゥラ谷攻略の助けになる浮遊板を、数時間で完成させて問題なく運用できるようにしたりと、きちんと活躍はしているんだよな。


「ま、精霊樹もそうだけど……とりあえずは、ニエント山の地下トンネルを攻略しておかないといけない」


 討伐軍の進軍ルートにあるこのトンネルは、ね。

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