第288話、その頃、ボーデンたちは――


 ラーメ領領主町、カパルビヨ城。


 ペルドル・ホルバは感心していた。


 討伐軍が、ドラゴンと大型の鳥を用いて、この領主町を奇襲してきた。


 敵は普通に地上を歩いてくるものと思っていて、空から攻撃してくるなどまったく想定していなかった。


 ボーデンら、スヴェニーツ帝国特務団の者たちは、攻撃による被害確認に追われていた。同時に、どこから敵が来たのか語気を強めて話し合っている。


 ――それだけ想定外だったということだ。


 動揺している。あまつさえ、この黄金城にまで攻撃が及んだのだから。

 防衛用の結界が張られていたから本城への被害は、そこそこに収まった。


 結界がなければ、どれほどの損害を受けていたか。さすがに一撃で城が完全崩壊することはないと思いたいが。


 ――ドラゴンブレス並みの攻撃力なんだよなぁ……。


 ペルドルは、途中からしか見えなかったが、襲撃者は間違いなく聖剣使いにして魔剣使いという二刀流、ヴィゴ・コンタ・ディーノだろう。


 ――悪いことは全部あの男のせい……。こりゃ冗談じゃ済まされなくなってきたなぁ。


 本当に、スヴェニーツ帝国特務団と黒きモノの軍団の受ける損害は、全部ヴィゴが絡んでいるように思われる。


「ウルラ」


 ボーデンがその名を口にしたのが聞こえ、ペルドルは黄金の領主町から、会議室へと視線を戻した。


 領主町を離れていたウルラと、ペルドルの弟ルースが部屋に入ってきた。


 ボーデンが声を荒らげる。


「肝心な時にどこにいたのだ? お前たちが留守の間に、例の聖剣使いが、ここを襲ったのだぞ!」

「前線の視察だよ。……言わなかったっけ? 討伐軍がアドゥラ谷に侵攻したという話」


 少女姿のウルラは、ボーデンの恫喝じみた声にもまったく怯まなかった。


「ボクたちだって仕事をしてました! お分かり? それとも、報告、聞きたくないの?」

「こっちはこっちで大変だったのだ」


 ボーデンは椅子に腰を下ろした。


「報告を」

「アドゥラ谷は討伐軍――例の聖剣使いのヴィゴ率いる部隊によって壊滅した。ニエント山の頂上、奴らに占領されたよ」


 特務団員たちがざわめく。アドゥラ谷は、黒きモノと邪甲獣が守りを固め、簡単には突破できないと目されていた。


 それが第一報から、半日と経たず突破されたなど、信じられなかったのだ。


「聖剣使いめ……!」


 ボーデンの表情が怒りに染まる。


 ――どうやらボーデン卿は、ヴィゴ君の名前を口にするのも嫌なご様子だ。


 他人事を決め込むペルドルである。他人事と言えば、弟のルースは、かつての幼馴染みの名前が出ても、まったくの無反応だった。


 ボーデンよりも人が出来ているのか、幼馴染みという感覚がないのか、あるいは感情が死んでいるのか。


「アドゥラ谷が陥ちたということは、討伐軍は街道ルートを通るということか。中央の守りを固めねば……」

「さあ、それはどうかな、ボーデン」


 ウルラは勿体ぶる。


「あいつら、そう見せかけて、この領主町を襲ってきたんだよね?」

「何か知っているのか?」

「ヴィゴたちがどこから飛んできたと思う? 水の涸れたターレ川をギリギリの高さで飛んできたんだってさ」


 南の狭隘きょうあいに配置されていた黒きモノたちの部隊が目撃した。


「ターレ川……」


 ボーデンは唸る。まさかそんなところから接近したのか――ペルドルは改めて感心する。


「我々の目を、街道ルートに引きつけて、裏をかいてきたということか」


 ボーデンは顔を上げた。


「もしや、アドゥラ谷は囮であり、本命は南ルート……?」

「その可能性はあるね」


 ウルラは考える仕草をとった。


「ちなみに、その南ルートにおいた部隊も、ヴィゴたちに叩かれたからね。たぶん、領主町を攻撃したその帰りだと思うけど。……そうなると、この町を攻撃したのは牽制で、本当の狙いは、南ルートのボクらの防衛線を叩くことだったかも」


 会議室がざわめく。ボーデンは難しい顔をして黙り込んでいる。ペルドルは口を開いた。


「要するに、こちらの防衛線は両方ともやられてしまったということですなぁ。これは果たして討伐軍は、どちらを通ってやってくることやら」


 そう、片方だけなら、そのルートで行くとほぼ確定する。だが両方がやられたとあれば、両方から進撃するか、あるいは片方はダミーである可能性が出てくる。


「正直、討伐軍がそれぞれのルートに分散するメリットってないんですよね。行き先は同じ領主町ですし、分散しても戦う相手が増えるだけで、各個撃破される可能性も出てくる」


 万を超える軍勢で、狭いルートを通るから仕方なく二分する、というなら別だが。正直3000や4000程度なら、分散すれば1500や2000になるので叩きやすい。


「どうせならさ……」


 ウルラが口を開いた。


「もうどっちを通るとか、面倒くさいことを考えるのをやめたらどうかな?」

「……つまり?」


 ボーデンが促すと、ウルラは口元を緩めた。


「どうせ、自力ではこちらが圧倒しているんだから、素直にこの領主町で迎え撃ったらどうかな?」


 どちらから来るか、など頭を悩ませるのも馬鹿らしい。何故なら討伐軍の目的地は、領主町とわかっているのだ。


 必ず来るのだから、町で構えていれば、必ず戦えるのだ。


「実際、アドゥラ谷の方はトンネル手前まで、奴らに取られちゃっているんだからさ。そっちルートで討伐軍がきたら、もう待ち伏せも奇襲も何もないところで戦うことになる。それなら領主町の手前で戦っても同じだよ?」

「トンネル手前までと言ったな?」

「言ったよ。それが何か?」

「まだトンネルが制圧されていないのなら、出口を我が軍勢で封鎖すれば、討伐軍を足止めできるのでは?」

「ボーデン……。ニエント山の頂上は敵が制圧したんだよ」


 呆れも露わに、ウルラは肩をすくめた。


「トンネル外で固まっているところを、ヴィゴに吹き飛ばされても知らないよ」


 ボーデンの顔が憤怒に染まる。彼の部下たちは、上官の怒気を恐れて唾を飲み込む。しかし、ボーデンは踏み留まった。


「……わかった。討伐軍は、領主町で迎え撃つ。それでいいのだな、ウルラ?」

「ああ、構わないよ、ボーデン。ボクも無意味に暗黒兵を失いたくないからね。ボクたちにとっても大事な手駒なんだから」


 ――煽るなぁ、この悪魔。


 ペルドルは、ウルラの正体に薄々気づいている。ボーデンも、彼女のことをブラックドラゴンなどと言っているが、果たしてまったく気づいていないのか、知っていて隠しているのか。


 ともあれ、討伐軍への対応が決まった。前線を下げて、討伐軍が領主町に来るのを待って、来たら決戦をする、と。

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