第286話、次の手
アドゥラの谷を、黒きモノたちから奪回した俺たちリベルタと、ドゥエーリ族傭兵団。
長時間の激闘で、さすがに疲労の色が隠せない面々。ゆっくり休んでくれ。
と言いながら、俺と選抜メンバーは、ニエント山の頂上を制圧した。ここにも小規模ながら黒きモノたちがいたが、疲れを知らないカイジン師匠、ベスティア、そしてゴム軍団を前にしては、力不足だった。
「なんだ、あたしらにも少し出番があると思ったのに」
シィラは、魔法槍タルナードを肩に担ぎながら苦笑していた。
谷の戦いでも、ユーニやイラ、マルモなど射撃組は常時撃ちまくっていたが、シィラやセラータ、騎士たちは、時々配置されていた黒きモノを蹴散らす以外は、ほとんど見張っていただけだったので、体力には余裕があったのだ。
ニエント山にも、瘴気をばらまく水晶柱が立っていたので、これも破壊。だが領主町にそびえる汚染精霊樹から放出されている瘴気の影響か、山から瘴気はなくならなかった。
「やはり、精霊樹か」
「でっかいなぁ」
シィラが目の上にひさしを作って、遠くを見る。ニエント山の頂上から、巨大過ぎる汚染精霊樹と領主町、カパルビヨ城の姿が観察できた。
「ここからなら、ひとっ飛びで敵の本拠地まで飛べそうだ」
「ダイ様やゴムの分裂体を使えばな」
使い魔のダークバード、今だとゴムが変身能力で人を乗せられる鳥にもなれるから、それで一気に、領主町へ突入することも可能だ。
「だが、討伐軍が本隊だからな。まだまだ道のりは長い」
俺たちだけってわけにもいかない。三千の兵が地上から進撃する。ひとっ飛びってわけにもいかないわけだ。
「俺たちは、道を切り開く」
討伐軍の進攻ルートを妨げる要因を極力排除して、スムーズな進撃を可能とする。俺とシィラのもとに、セラータが来た。
「これで敵は、討伐軍が街道ルートから来ると見るでしょうか?」
「どこから見ているかは知らないが、こちらの行動は敵も神経を尖らせているだろう。街道ルートでの難所、アドゥラ谷を突破されたとあれば、奴らも領主町とニエント山の間の守りを固めるはずだ」
だがそうはさせない。討伐軍が難所を通過するまで、敵には相当迷ってもらわないとな。
「ヴィゴー!」
リーリエの声がした。定着の魔法で転移してきたのだ。
「おう、お疲れさん」
「ヴィゴ、南から黒きモノの集団、移動してきたよ!」
隼に化けたゴムの分裂体に乗って、上空監視と、偵察を行っていたリーリエ。彼女は進攻ルートの南、南北に伸びるニエント山とターレ川に挟まれた
意外と早かったな。アドゥラ谷を討伐軍が攻撃してきたという報告でも受けての援軍かもしれないな。
「こっちのルートに敵が集中しても困る。計画どおり、次の行動に移るとしよう」
俺は、シィラとセラータを見た。
「こっちは任せた」
・ ・ ・
マルテディ侯爵の方針に従い、まずはアドゥラ谷を攻略した。だがそれは第一弾に過ぎない。続いて第二弾攻撃を仕掛ける!
俺は、カイジン師匠と、こちらに合流したアウラたちに、こちらでの対応を任せると、次の出撃のメンバーを指名して、行動に移った。
ダイ様のダークバードと、ゴムの分裂体が化けたダークバードが3羽。搭乗するのは、俺、ニニヤ、ネム、マルモ。それぞれ1羽ずつに乗り込む。
「幸運を、ヴィゴ!」
アウラ、ヴィオが手を振る。シィラもネムを励まし、カメリアさんがニニヤを見送った。
ようし、行くぞ!
俺は神聖剣を手に合図する。ダイ様に頷くと、ダークバードが飛び上がった。続いてゴムの分裂体型ダークバードが飛び上がり、追尾する。
ニエント山の頂上からアドゥラの谷へ逆戻り。谷の間を飛んで、街道に沿って西進。一度、セッテの町へ戻るコースと取る。
ややして、水の抜けたコーシャ湖が見えてきた。街道砦も見えたが、俺たちは低空でコーシャ湖に侵入するべく曲がった。
底の深いコーシャ湖を舐めるように滑空。かつてのように水があったなら、確実に水没している高さを飛行する。
「見えたぞ、ヴィゴ。ターレ川だ」
ダイ様が知らせる。水が流れてこなくなったターレ川。コーシャ湖に水を届け、ラーメ領の東西を走る大きな川だ。
俺はチラと後方を一瞥する。ニニヤ、ネム、マルモの乗る闇鳥もきちんと追尾している。今回はダイ様の使い魔ではなく、ゴムの分裂体だ。こちらから誘導はできないが、ゴムたちもきちんとついてきているようだった。
「突入するぞー!」
「おう!」
俺は正面に視線を戻した。ダイ様の操るダークバードが、水の涸れたターレ川、その溝に低空で突っ込んだ。
中々大きな川だったから、ダークバードの両翼でも余裕。深さも、一番深いところを通るならば、川岸にいないと見えない程度の高さはあった。
このまま低空で、川底に沿って移動! 水のなくなったターレ川の行き着く先には、南ルートの敵待ち伏せ地点があり、さらにその先には、領主町がある。
そう、俺たち特別攻撃隊の役割は、領主町の奇襲だ!
敵の警戒の目を逃れるため、水のない川底を這うように飛び抜け、一気にカパルビヨ城と汚染精霊樹を攻撃する。
果たして、狭隘での敵の待ち受け地点で、干上がった川を見張っている奴はいるだろうか? どうして川に水が流れなくなったかは知らないが、ここから攻めてくるかもしれないと敵は予想しているだろうか?
敵の防衛部隊は無視して、領主町へ向かうつもりだが、万が一、柵なり壁なり作られていたら……行きはやっぱり無視して、帰りに壊していこうか。
「ヴィゴ」
「……!」
ダイ様が心なしか身を縮めた。おかげで俺が前が見やすくなるが、つまり、いるんだな敵が。
ダークバードはあっという間に飛び抜ける。
左方向、川縁で寝転んでいる黒オークや黒ゴブリンが、列を形成しているのが視界に入り、そして流れていった。
あれは斜面を利用して隠れていたのだろう。平原を歩いていたら見えないが、川からは、連中が背中を向けて伏せている間抜けな姿を拝むことができた。
その黒き魔物たちは、通過していく俺たちに驚いているようだった。だが一瞬で通り抜けたから、攻撃されることもなく、俺たちは敵の防衛線を抜けた。
「あっという間だった……」
こっちも攻撃する間がなかった。まあいい。領主町までもう少しだ。
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