第285話、戦死者
アドゥラの谷、その両側の崖の上は、アウラのグループ、ルカのグループがそれぞれ制圧した。
まあ、俺たち街道組を上から援護してくれていた時点で、だいたいわかってはいたが。
ハクが持ってきた浮遊板を使って様子を見に行ったけど、ほとんど無傷――治癒魔法で回復できるくらいで済んだようだった。
よくやってくれた。
「ここから先は、ニエント山ね」
アウラが、谷と山の境を見て言った。双方の間の坂の部分が境界ってことでいいのかな。若干下り、そして登り斜面になるところで。
「もうすっかり、ニエント山は黄金領域ですね」
ルカは、やるせなさを滲ませる。山の岩場や砂も、半分くらい黄金色をしているように見える。そのままの色の石や土もあるから、成分の違いなんだろうか。
「トンネルもだけど、できれば山も制圧しておきたいよな」
ぶっちゃけ大部隊が展開できるような地形ではないけど、頂上から西側は領主町も見えるから、少人数とはいえ見張りには打ってつけなんだ。
アウラが皮肉っぽい顔になった。
「せめて旗でも立てておく?」
ウルラート王国の旗を立てておけば、領主町にいる敵も、討伐軍が近づいているって焦るだろう。
「見えますかね、町から」
ルカが真顔で言えば、俺もアウラも苦笑した。まあ、そうなんだけどさ。
「何にせよ、とりあえず頂上は押さえておこう。人員を選抜するが……」
俺はアウラとルカを見て、さらに後ろで思い思いに休んだり、警戒したり、談笑している面々を見回した。……うん。
「とりあえず、休んで体力回復だな。俺たちリベルタには、次の戦場が待っているからな」
「了解」
アウラが答えると、ルカが心配そうな顔になった。
「ヴィゴさんも、休んでくださいね。あなたが一番働いているんですから」
「皆同じぐらい働いているよ」
俺は浮遊板に乗って、ハクに合図する。彼が板に取り付けた浮遊石を操作することで、谷へと降りる。
「ふたりともお疲れ様。よくやったぞ」
そう言い残して、今度は下へ。カイジン師匠とボークスメルチ氏が何事か話し込んでいる。
「お待たせしました」
「上はどうだった?」
ボークスメルチ氏が聞いてきたので、全員無事だと答えた。上にはルカ、シィラ、ユーニと、ボークスメルチ氏にとって娘たちがいるから、心配だったんだろうね。
『計画通り、トンネル前は制圧した』
カイジン師匠は言った。
『ちらと中を見てみたんだがな。近くにはいないようだが、短いトンネルの中に、闇の手合いが潜んでいる気配がした』
「中は、洞窟とは思えないほど明るかったよ」
ボークスメルチ氏は、小さく笑みを浮かべた。
「鉱物が光っているんだろうな……。本来なら神秘的な洞窟なんだろうが、見るからに黄金領域化しておって、壁や天井の金に反射してより明るくなっているんだろうな。……その分、瘴気も濃い」
「洞窟ですからね」
一応出入り口が整備されているから、まったく風が通らないというわけではなさそうだが。手つかずの地形も大いから、瘴気がたまっているところもあるんだろう。
「オレらにも早く、護符が欲しいものだ」
ドゥエーリ族の族長は首を傾げた。
「対策ポーションだけでは、どうにも不安でね。トンネルの入り口辺りまで、ほとんど黄金領域内のようだし」
「メントゥレ神官長も、ドゥエーリ族の戦士たちの分を用意してくれています。直に届きますよ」
「すまないなぁヴィゴ殿。だが、人数分は揃える必要はないぞ。今日の戦いで、うちは七人がやられた」
「……」
戦闘民族のドゥエーリ族といえど、死ぬ時は死ぬ。
谷の黒きモノたちは、決して弱くなかった。それらと戦い、負傷者も多かったが、治癒魔法で復活し、戦線に復帰し、なお果敢に戦い続けた。
だが黒リザードマンや黒オークの攻撃で、当たり所が悪ければ即死してしまうこともある。また負傷しても助ける前に命を落とすこともある。
そうした戦死者が七人出た。
それに引き換え、リベルタ側は死亡者なし。でもこの差は、防御力の差だろうな。サタンアーマースライム素材のSG装甲防具は、これまでもクランメンバーの怪我を激減させている。普通の防具だったら重傷、最悪死亡していただろう攻撃だってあった。
「しかしまあ、この規模の戦いで死者が一桁とは信じられないほど被害が少ないなぁ」
ボークスメルチ氏は片目を閉じて、休んだり武器の手入れをしている同族たちを見る。
「この警戒厳重な谷を、リベルタとオレたちだけで攻略してしまった……。まともに戦っていたら、もっと戦死者は出ていただろうし、ここまでたどり着けたかも怪しい」
『怪しいではない、無理だろう』
カイジン師匠は腕を組んだ。
『討伐軍だったら、今頃、戦線を停滞させておったわ。ここは、難攻不落の要塞も同然、防御側に有利な地形だった』
「だが、ヴィゴ殿の聖剣と魔剣。そして本来なら取れない敵の上を取って、その防備を崩した。ほんと、七人で済んでよかったと思っとるよ」
普通に谷へ軍を進めていたら、崖などの高所から弓を射かけられ、パワーアップしている黒きモノや邪甲獣とも正面からぶつかっていた。死傷者の数がどれだけ出たか見当もつかない。
でも、本当ならもっとやられていたかも、と言ったところで、実際に七人は死んでいるんだよな……。
俺にとってはほとんど初見なんだけど、ボークスメルチ氏はもちろん、ルカやシィラにとっては子供の頃から知っている人たちだったかもしれない。一族から見て、たった七人という数字では終わらないはずなんだ。
「まあ、仇はとってやる」
ボークスメルチ氏は言った。
「オレたちにとっちゃ、戦場で死ねるのは本望ではある。戦いこそ、我らが生きていたことを実感し、もっとも輝く場所でもある。……だから、ヴィゴ殿が気にすることではない」
顔に出ていただろうか。族長のボークスメルチ氏に気をつかわせてしまったようだ。俺なんかよりも、もっと精神的にきているはずなのに。
いや、いちいちそれで落ち込んでいるほど、柔ではない。彼はドゥエーリ族の族長。戦場での生き死には、日常茶飯事。
それで割り切れるのだとすれば、さすがだなって思う。俺は……たぶん、クランの誰かが命を落としたら、ショックで簡単には立ち直れないような気がする。死なせたくない。死んでほしくない。
だから、死なせない。
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