第284話、アドゥラ谷攻略


 隼型ゴムは、谷の上に上がった鳥型邪甲獣に一斉に急降下、肉薄した。


 その降下速度は、鳥種の中でも最速と言われる隼である。リーリエに先導された隼たちは、鳥型邪甲獣に体当たりを仕掛けた。


 体格の違いはある。そして防御力も。通常の当たりならば、怯むことはあっても倒すことは難しい邪甲獣。しかし、衝突と同時に変身を解いてスライムに戻ったゴムの分裂体は、すかさず取り付いた邪甲獣の翼、その付け根を取り込み、喰らった。


 邪甲獣は黒きモノに近い闇の魔物だが、黒きモノではない。その肉体も神聖属性以外にも強力な武器で傷つけられないこともない。事実、王都カルムの近くのダンジョンにいた蛇型邪甲獣も聖剣を持たない上級冒険者に倒されている。


 サタンアーマースライムの消化によって、あっという間に体の一部を失い、鳥型邪甲獣たちは次々に谷底へ墜落していく。


 翼を使って飛行する生物は、両の翼があってはじめて飛翔できる。片翼では、鳥は飛べないのだ。


 だから、ゴムの分裂体の攻撃では、致命傷ではなかった鳥型邪甲獣も、それ以上飛ぶことはできずに落ちていった。


「いいぞ、いいぞ!」


 リーリエと彼女を乗せた隼型ゴムは、ゆったりと上空を旋回する。さすがにフェアリーを連れて、敵に突進はしないゴム分裂体である。突撃したのはそれ以外の個体だ。


 ヴィゴたちが、鳥型邪甲獣アルバタラス迎撃用に考えた対策は、間違っていなかった。倒すのは難しくても、飛べなくすれば敵の意図は挫ける。ゴムの分裂体でも充分に役目をこなせる。リーリエにはそれが嬉しかった。


「よーし、任務完了ー! あーしたちは、空の上から見張るよー!」


 リーリエを乗せた隼の周りには、数羽の隼が戻ってきた。残りは撃ち落とした邪甲獣を喰らっているのか。


 ゴムとその分裂体は、あれで食欲旺盛なのをリーリエは知っている。サタンアーマースライムは、敵対者の処理に対して、一切残したことがないのだ。特に指定がない限りは。



  ・  ・  ・



 アドゥラ谷の戦いは、リベルタとドゥエーリ族の優勢で進んだ。


 鳥型邪甲獣による空からの攻撃があったなら、谷の天辺にいるアウラや、ルカたちが攻撃され、その対応に追われていたに違いない。


 結果、谷の崖で待ち構えて連中が、谷底を行く俺たちを上から狙い撃ち、とても面倒なことになっていたはずだった。


 だが、現実は、空からの敵は排除され、アウラ、ルカたちは上から攻撃を続行し、俺たちは谷底の敵を倒して、進撃を続けた。


 伝令役のリーリエによれば、谷の天辺にも黒オークなどの部隊がいて、アウラやルカたちに襲いかかったそうだが、近接組であるルカ、シィラ、ヴィオの魔法武器と聖剣の力で圧倒。騎士たちやドゥエーリ族の戦士のカバーもあり、射撃組は任務を妨げられるようなことはなかった。


 そして、俺たち街道を行く谷底組も、正面にニエント山を視界に捉えた。


「見えた。トンネルだ」


 ニエント山を東西に貫く洞窟。山を登らずして、ラーメ領の西側へと抜けることができる地下トンネルである。


 この頃になると、俺は邪甲獣装甲ゴーレムを降りて、邪甲獣や黒きモノを魔竜剣や神聖剣で切り倒して進んでいた。


『キシャァァー!』


 黒リザードマンが斧を手に飛び込んでくる。うるさいよ。神聖剣で一刀両断!


「ヴィゴ殿ォ」


 ボークスメルチ氏がやってきた。三、四人のドゥエーリ族の戦士を連れている。


「待たせた! 後はオレたちに任せてくれ!」


 この谷を巡る戦いは、俺たちにとっては順調だったとはいえ、もうすでに数時間も継続している。疲労もしているし、怪我人も出ている。


 俺がゴーレムを降りたのも、前衛のドゥエーリ族の穴を埋めるためだったりする。後ろで、エルフ巫女のファウナやメントゥレ神官長から手当をしてもらい、回復した戦士たちを連れてきたんだろう。


「……了解。とりあえず、トンネルの入り口まで制圧すれば、今日のところはそれでいいですからね」

「心得た! 野郎ども、行くぞぉー!」

「おおっ!」


 連れてきた男衆はもちろん、今もカイジン師匠らと前衛を張っていた戦士たちも、活を入れるように声を張り上げた。


 皆疲れているだろうに、タフだよな、ドゥエーリ族の男たちは。


『なんだ、もう戻ってきたのか、ボークスメルチ』


 その疲れ知らずのボディを持つカイジン師匠――ベスティア2号が、長刀で黒オーガの首を刎ねながら言った。


 巷では、ホワイトドラゴンナイト、などと呼ばれているらしい白騎士は、オークの身長3メートル近い体躯もなんのその、だった。神聖属性付きならば、黒きモノにも後れはとらない。


『何なら、もう少し休んでいてもよかったのに』

「親父殿に手柄を総取りされては、妻に合わす顔もないからな!」

『うるさい。貴様に手柄などやらぬわ! その妻たちの前で恥をかかせてくれるっ!』


 元気なご年配方だ。ボークスメルチ氏の妻のひとりは、カイジン師匠の娘。


『あと孫娘の前でもな!」


 ルカはカイジン師匠の孫。やれやれだぜ。俺は後続する邪甲獣装甲ゴーレムのもとまで戻る。


 と、その時、地面が揺れた。


「気をつけろ!」


 ドゥエーリ族の戦士が叫んだ時、それが地面から飛び出した。天へ登るようにニョキニョキと生えるそれは、以前ぶっ倒した、大蛇型邪甲獣ナハルを思い出させるが、それよりも肌が生々しい。


「ミミズの化け物か……?」


 巨大ワーム型邪甲獣か。それにしてもクソ長ぇ。どこまで伸びるつもりだ。どうせ上から突っ込んでくるんだろ……!


 俺は近づくと、ブンと魔竜剣を振って叩き込んだ。その瞬間、6万4000トンの打撃は許容外だったが、胴体が千切れててしまう。


「おっと……これはマズイ」


上がってきた下と、飛び出したがバランスを失い落下した上がぶつかり、もつれるようにくっついて落ちてくる。


「ダイ様」

『燃やせ』


 再度、邪甲獣の体に魔竜剣を当てたら、一瞬で燃え上がり、炭になった。バラバラと散る邪甲獣――と思いきや、継ぎ接ぎのような装甲だけボトボトと落ちてきた。


「やっぱ、危ねぇ!?」


 ひょい、と飛び退いて下がる。さすがにあの装甲は地獄の炎でも燃えないんだな……。


「だ、大丈夫ですか、兄貴……」


 近くにいたドゥエーリ族の戦士が、信じられない顔で固まっている。大丈夫かって?


「大丈夫だ」


 俺は、ゴムが操作する邪甲獣装甲ゴーレムのもとへ行き、飛び乗った。谷底の戦いは、カイジン師匠とボークスメルチ氏が争うように進んだ結果、もうトンネル手前に達し、敵はほぼ全滅した。


 こっちは終わったっぽい。後は谷の上だが……終わったかな?

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