第282話、谷を通る街道


 アドゥラ谷。ラーメ領の東西を横断する街道は、この谷を通過する。


 領地のほぼ真ん中に位置するこの谷は、直後のニエント山が南北に壁のようになっている地形上、東西を行き来する最短ルートとなっている。


 谷とはいうものの、実際は北と南に分かれた小山の間であり、それぞれ切り立つような崖に囲まれている。


 ……そして、ここに武装した黒きモノたちが、討伐軍は通さないとばかりに待ち受けていた。


 まずは、ここの連中を掃討しないといけない。それが俺たちリベルタの仕事だ。


 ガシン、ズシンと、重々しい足音が響く。これには、黒きモノたちも何事かと首を傾げているのではなかろうか? まあ、あいつらに知性があるのか、まったくもって疑わしいが。


 重量物が、ゆっくりとした足取りでアドゥラ谷へと踏み込む。足音が左右の壁に反響して、より得体の知れない不気味さを煽っているかもしれない。少なくとも、人間なら、そう感じるだろうな。


 ズゥシン、と岩の地面を踏みしめて進むは、邪甲獣装甲ゴーレム。歩く姿は巨人。例によってゴムが操作するそれに、俺も同乗している。

 より正確には、ゴーレムの背部に吊り下げられたカゴ状の足場に。いわゆる、敵が弓矢で攻撃してきた時に隠れられるポケットだ。


『ヴィゴー、いるよー』


 くるりと頭――に見えるゴムがこちらを向いた気がした。スライムに目とか顔があるわけではないのに、こっちに向き直ったように見えたのは何故か。


 それはともかく、いるいる。谷の街道の上にバリケードらしいものと、武装した黒オークや黒リザードマン――黒きモノたちと、獅子型と蛇型邪甲獣。大蛇と言っても、ナハルのような超巨大なものじゃないが、それらが複数いた。


 さらに谷となっている崖にも細い道のようなものがあるようで、そこに弓を持った黒きモノたちが、不気味な白い目をこちらに向けていた。


『攻撃してこないねー』

「俺たちがもっと踏み込んでくるのを待っているんだろうよ」


 こちらを引きつけて、確実に仕留めるつもりなのだろう。まあ、邪甲獣装甲ゴーレムには、あいつらも傷をつけられないだろうけどな。


 俺は、ひょいと、邪甲獣装甲ゴーレムの肩口に乗る。右手に魔竜剣、左手に神聖剣。


「……奥の方はしっかり黄金領域っぽいな」


 谷の入り口から少し入ったところまでは普通だが、奥は黄金の瘴気が立ち上っているように見える。


『ボクは、きらいじゃないよー』


 サタンアーマースライムは、瘴気も関係ないもんな。


「そうか? 俺は好きじゃない」


 やるぞ。まずは、左手の神聖剣。――ディバインブラスト!


 ドラゴンブレスもかくやの青い一閃が、谷の北側、俺から見て左側の上の方にいる黒きモノたちがいる辺りを薙ぎ倒す。浄化、消滅する黒きモノ。


 そして右手、魔竜剣からは、インフェルノブラストっ! 地獄の業火の如き紅蓮のブレスが南側の崖の上方にいる敵を焼き尽くし、ドロリと溶け溶岩のようになった崖の一部が崩れる。


「神聖属性しか効かないって話だったのに、ダイ様の攻撃で溶けたか……?」

『フフン。我を何と心得る。ダーク・インフェルノ、伝説の魔竜剣だッ!』


 吠えるように言う魔竜剣に、神聖剣が呆れるように言った。


『自分で伝説と言ってしまうのか、姉君は』

『年季が違うわ! ふはははーっ!』


 ともあれ、谷の上のほうの敵を吹き飛ばし、崖を削ったので、下にいる敵に、それらが降りかかり、巻き添えを食らう。


 ……これが普通の魔物とかだったら、下敷きで大被害だったんだけど。黒きモノには大したダメージはなく、邪甲獣があわよくば、という程度か。邪甲獣は装甲でなければ、神聖属性がなくともやりようによっては倒せる。


 だが、これで敵の目は、完全に下に向いた。第一段階としては、予定通り。


 さて、刈るぞ。



  ・  ・  ・



 アドゥラ谷の天辺。その入り口、崖のように垂直にそそり立つ壁から、浮かび上がってくるものがあった。


「はい、ご搭乗ありがとうございました。目的地に到着したよ」


 ハクが告げると、浮遊している板の上に乗っていたリベルタクランのメンバーが、その乗ってきた板から飛び降りた。


「下はもう始まってるわよ!」


 アウラが、台地のように平坦になっている谷の天辺を駆ける。


「ハク! 向こう側にもお願いね!」

「はい」


 返事をしたハクは、腰の高さあたりに伸びている柱の先に手を置くと、魔力を通した。すると、乗っていた板がゆっくりと下降した。


 これが昨日、ハクがヴィゴに頼んで集めた浮遊石を使った乗り物、仮名称『浮遊板』である。


 ――本当は伝説にあるような、空飛ぶ船みたいなのが作りたかったんだけど……。


 独りごちる。


 ヴィゴには、この戦いでも使えるから、と言った手前、即席で仕上げたのが、今回の浮遊板である。


 浮遊石を取り付けた鉄板を、ただ浮かせるだけというシンプル過ぎるそれは、乗り物としては不十分な代物である。


 何故なら、浮遊することしかできないからだ。推進させるものがないために、できるのは上下移動のみ。昨日の今日、時間がなくて、それ以上はできなかったのだ。


 しかし、このアドゥラ谷の下から天辺まで、人を乗せて運ぶことはできる。


 結果、ヴィゴと邪甲獣装甲ゴーレムが谷に突入する間に、アドゥラ谷北側天辺に、第一陣ともいうべき戦闘員を運んだ。


 空を飛ぶのでなければ、自力で登るのも相当時間がかかる険しい崖を、わずか十数秒で横断する。しかもフル装備で、だ。装備の重量を考えれば、普通は登れない地形を突破させたのだから、浮遊板は役に立っている。


 アウラに率いられて、シィラ、ネム、ディー、マルモ、ベスティア、ヴィオとガストンら騎士たち、計10人が北側天辺を走る。

 天辺を制圧し、上から敵を攻撃するためだ。戦いは高所を取った方が有利。


「ハクさん!」


 下に待っていたカバーンが元気よく声をかけてきた。ハクは浮遊板を地面近くで止めると振り返る。


「ようし、カバーン。こいつを向こうの崖の下で待っている皆のところまで押してくれ」

「承知! うおおおおっー!」


 獣人パワー全開とばかりに気合いのこもった声を出してカバーンが、ハクの乗る浮遊板を押した。本体は鉄板であるが――


「そんな声出さなくても、軽いでしょうよ……」


 地面についていないので、まるで抵抗なく押せるはずである。事実、カバーンひとりで、見た目は大きい浮遊板を移動させる。


 30メートルくらい離れた南側の崖の下には、第二陣であるルカたちが、今や遅しと待っていた。

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