第280話、俺たちは先鋒


 俺は、軍議の後、リベルタクランの待機所に戻った。……つまりは妖精の籠の中なんだけどね。


 ここは部外者はいないから、ここでの会話が外の誰かに漏れることはない。だから、軍議の内容を仲間に説明する時も、聞き耳を立てている奴がどうとか気にする必要はない――と、思っていたのだが。


「よぅ、ヴィゴ殿」


 がはは、と、ドゥエーリ族の族長ボークスメルチ氏がいて、傭兵として討伐軍に参加した男衆が、セカンドホーム近くに野営テントを立てていた。


 そうだった、この人たちがいたんだった。


 先のセッテの町の、アルバタラスによる襲撃の際も、予めルカが黄金領域の危険性を一族に知らせていたから、対策ポーションを使用し難を逃れた。


 お互いに無事を確かめた後、ルカたちから、一族を妖精の籠に入れてもいいかと許可を求められたのだ。


 いつ何時、瘴気攻撃があって一族が巻き込まれてしまったら、と考えたら、彼女たちが物凄く不安がっていたから、ご家族ご近所さん一同をお迎えしたというわけである。


 ドゥエーリ族の集落に行って、奥様方を知っているからな。旦那さんたちの戦死報告を奥様方に届ける役なんて、まっぴらごめんだ。


 なお、ドゥエーリ族が来ることにもっとも難色を示したのが、族長の義理の父になるカイジン師匠だったりする。


「それで、お偉いさんたちの軍議はどうなったんだ?」


 お貴族様中心の会議で、俺は神聖騎士として参加したけど、傭兵たちは呼ばれなかった。だから、傭兵団をまとめるボークスメルチ氏は内容を知らないし、行軍や作戦前に事後報告という感じで通達が来るという格好になる。


「本隊については、一点突破で領主町に行こうって話になりました」

「本隊については?」


 ボークスメルチ氏は繰り返した。そう、本隊は本隊、俺たちは俺たちである。


「侯爵殿から、別途指示を受けていまして……。まあ、最前線ですよ」

「そういう役割は、オレたちドゥエーリ族の役割でもあるんだが……。オレたちもか?」

「さあ……特に俺は聞いていませんが」

「じゃ、オレらも行くぞ。いいだろ、ヴィゴ殿?」


 さすが戦闘民族と言われるドゥエーリ族である。傭兵って、戦場に顔を出すが、保身的なところもあって、激戦区を回避したいと思っている者も少なくないと聞く。最前線と聞いても、このやる気である。


「そうですね。最初のところには、手助けしていただけると助かります」

「最初のところとは?」

「ルート啓開、いわゆる露払いというやつです」


 俺は、ボークスメルチ氏に、これからの行動を伝えた。それを聞いた族長殿は、感心しきりだった。


「リベルタはそんなことができるのか……。作戦の要じゃないか、いや凄いな」


 ボークスメルチ氏の口から凄いと言われると照れくさくなる。凄さで言ったら、噂に名高い戦闘民族ドゥエーリ族だって大概だぜ。


「そうなると、なおのこと、こっちでリベルタをフォローせんとな。幸い、ヴィゴ殿んところの魔術師のおかげで、黒きモノや邪甲獣への対策ができた。君たちだけに負んぶに抱っこはさせんよ」


 ドゥエーリ族の男衆を、妖精の籠に招いたおかげで、ハクによる武器に神聖属性付与や魔法を教えることができた。


 いま討伐軍で、黒きモノ対策が進んでいる部隊が、俺たちリベルタを除けば、神聖魔法を使う神官隊と、ドゥエーリ族の傭兵団くらいだろう。


 つまり、黒きモノや邪甲獣と遭遇しても、無力ではなく、きちんと交戦できる数少ない部隊ということになる。


 聖剣使い頼りという状況から、脱却しつつあるのだ。


「で、いつ出るんだ?」

「明日早朝に」

「よしきた! 皆に準備させる!」


 ボークスメルチ氏が、一族のもとへ走った。セカンドホームについた俺の前に、アウラとシィラが待っていた。


「決まった?」

「明日朝、アドゥラ谷だ」


 目指すは中央、街道ルート。この左右を崖に挟まれた狭い道に突入し、敵がいるなら掃討する!



  ・  ・  ・



 リベルタの面々に明日の任務を伝えた。ダイ様に頼んで、ダークバードを飛ばしてもらい、目的地のアドゥラ谷を偵察してもらう。


 敵はアルバタラスに加え、地上からも黒きモノや邪甲獣の部隊を送り込んできた。ゴムの分裂体が警戒線で阻止したものの、敵があれで討伐軍にトドメを刺そうとしたのなら、アドゥラ谷に敵が戦力を配置している可能性が高い。


 そんな場所に乗り込むのだから、各々、準備をして、しっかり休養をとるように伝えた。


「ヴィゴ、ちょっと」


 ハクが俺を呼んだ。解散の後、魔術書である彼は言った。


「明日忙しくなるのは、百も承知だけどお願いがあるんだ」

「何だ?」

「浮遊石を集めたい。あの地下空洞に降りて、浮いている岩、全部集めてくれないか?」

「……何に使うつもりだ?」


 そんなもの。ただの浮いているだけの石だろ?


「浮遊石を使って、乗り物を作りたいんだ」

「乗り物?」

「キミはお伽話で、神様の船って聞いたことない?」

「……太陽神が使徒を地上に遣わした時に、その使徒が乗っていたっていう円盤だか、船だかって話か?」


 ガキの頃に聞いたことがあるし、太陽神の教えにも、そんな一節があった。


「何か微妙に違う気がするけど、まあいいや。言わんとしていることは同じだ。浮遊石を使えば、そういう神様の乗り物を再現できるんじゃないかって思うんだよ」

「なるほど」


 神の島だかにお熱の魔術師らしい話で。


「なあ、それは今じゃないといけないか?」


 明日に備えて、さっさと休むつもりだったけど。


「できるうちにやっておきたい。これから忙しくなるんだよね? 今を逃したら次がいつできるかわからないと思う」

「……確かに」


 明日のアドゥラ谷だけじゃないもんな。俺たちリベルタは、その次の行動もほぼ決まっている。余裕は、今しかないかも。


「わかったよ。コーシャ湖はすぐそこだしな」

「ありがとう、ヴィゴ。……そうそう、乗り物はすぐにできるものじゃないけど、浮遊石だけでも明日のアドゥラ谷でも活躍すると思う」

「……本当か?」

「どんなものでも使い方次第なんだ。明日はドゥエーリの傭兵団も一緒なんだろ? だったらあれば役に立つよ」


 ハクは自信たっぷりだった。そういうことなら、集めてきましょうかね、浮遊石。

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