第279話、双方の動きは……


 ラーメ領領主町、カパルビヨ城。


 スヴェニーツ帝国特殊団団長ボーデンは、その報告に耳を疑った。


「なに、セッテの町の討伐軍が健在だと……?」

「はい」


 ハイブリッド騎士であるルースは、淡々と頷いた。


「ウルラの送った斥候の報告では、セッテの町は黄金領域化されておらず、未だ多くの討伐軍兵士が残っているとのこと」

「……」


 ボーデンは押し黙る。


 ウルラート王国の討伐軍がセッテの町に到着した。その直後を狙って、鳥型邪甲獣に黄金石を運ばせて、敵を全て黒きモノに変えてしまおうと企んだ。


 いきなりの黄金領域に、討伐軍は対応できずに壊滅。その生き残りがいたとしても、街道を進軍した暗黒兵部隊が殲滅せんめつするという手筈だった。


 すべて上手くいけば、大量の黒きモノは、こちらの手駒になり、それ以外は皆殺しにできたはずだった。


 苦虫を噛み潰したようなボーデンを余所に、近くのソファーで同じく報告を聞いていたペルドル・ホルバが薄い笑みを浮かべた。


「まーた、こちらのやることの邪魔が入りましたなぁ。……大方、先行していたヴィゴとその一味が、討伐軍に瘴気への対抗策を用意したんでしょう」

「……楽しそうだな、ペルドル」


 ボーデンは不機嫌だった。報告を持ってきたルースもまた、どこか冷淡な表情を浮かべている。


「失礼。不謹慎かもしれませんが、私は予想通りにいかないことは、つい面白く感じてしまう性分なのですよ」


 自らの髪をかき上げ、美形の錬金術師はほくそ笑む。


「想像や予想を裏切ってくれる存在というのは、やりがいを与えてくれる。予想通りの結末は、つまらないのですよ」

「研究者らしい答えだな」


 ボーデンは嫌味を言う。軍事作戦を展開する立場上、事態は想定以内に収まってくれねば困る。想定外な事態はお呼びではないのだ。


「セッテの町に直接、黄金石を送り込む策は失敗した。地上を進んでいた暗黒兵部隊はどうなった?」

「これも事前に阻止されたらしく、町に到着しなかったそうです」


 ルースが淡々と告げた。ボーデンは苛立ちを押し殺すように目を伏せた。人前でなければ怒鳴り、物に八つ当たりしていたかもしれない。


 地上部隊――暗黒兵とは、黒きモノであるが、オークやゴブリンといった亜人種族がベースになっている。その能力は元の亜人状態よりも数段強い上に、黒きモノなので、並みの武器では傷一つつけられないはずだった。


 それにもかかわらず、撃退されてしまったというのは、明らかに聖剣使いたちが介入している。……この時、ボーデンは、サタンアーマースライムが、黒きモノをも取り込み溶かすことができるとは知らなかったりする。


「こちらからの攻撃が失敗した以上、討伐軍はこの領主町へと向かってくる」

「でしょうね。それが彼らの目的ですから」


 ペルドルは机の上に広げた地図を眺める。魔物に占領されたラーメ領を解放するのが、討伐軍の役目。領主町とカパルビヨ城の制圧も、その任務に入っているだろう。


「問題は、敵がどのルートを通ってくるかだ」

「街道ルート、ターレ川沿いの南ルート、そしてマーノの森を行く北ルート」


 ペルドルが候補をあげれば、ボーデンはすかさず言った。


「北ルートはあるまい。あの深い森は大軍の行軍には不向きだ」


 しかも、領主町の西にあるニエントの山が南北に走って壁となっている地形上、北ルートは一番遠回りとなる。


「進軍するなら、街道ルートか南ルートだろう」

「どちらも、迎撃側には有利な待ち伏せポイントがありますがね」


 ニヤリと笑うペルドル。


 街道ルートは、ニエント山のトンネルと、その手前のアドゥラ谷という狭い道。


 南ルートは、主に平原なのだが、南北に伸びるニエント山と、ターレ川に挟まれて、かなり狭くなっている場所があり、そこで大軍はしばし渋滞を起こす。


「こちらとしては、その待ち伏せポイントを固めておけば、突破されるにしろ、相応の被害を与えることができます。こっちはただ待っているだけでいいですが、向こうは攻めないと始まらないわけですから」


 守りやすい地形にいる防衛側は有利。時に数倍の敵すら足止めも可能とする。小さく頷いたボーデンは、視線をルースへと戻した。


「ウルラは何か言っていたか?」

「特には。ただ、どこから攻めてきても対応できるように、黒きモノをそれぞれ配置していました」

「そうか」


 防衛のための戦力を配置したか――ボーデンはそれっきり口を噤む。ペルドルは小首を傾げた。


「いいんですか? 彼女に勝手にやらせても」

「こちらとしても対処したかったところに駒を配置してくれたのだ。手間が省けて助かる」

「そういうものですか」


 興味があるかないのか分からない調子で、ペルドルは視線を机に戻した。


 果たして、討伐軍の次の動きは――?



  ・  ・  ・



 セッテの町の討伐軍本営。マルテディ侯爵と、各貴族軍の指揮官たちが集まって、進軍ルートの確認を行っていた。


「はっきり言ってしまえば、どのルートを進んでも、難所があって、敵はそこを固めている」


 マルテディ侯爵は告げた。


 候補は三つ。北のマーノの森ルート、中央街道ルート、南のターレ川沿いルートだ。


 そして北の森を行くルートは、早々に放棄された。数千の兵が行くには、森は不便だったから。


「で、あるならば、下手に分散して敵の目を分けさせるなどの小細工は無用。戦力を結集し、一点突破で、領主町ならびにカパルビヨ城を目指す!」


 決断は下された。


 討伐軍本隊は、戦力を集中し、一点突破を計画した。瘴気対策のポーションの増産をしつつ、進撃の準備に掛かるのである。


「ヴィゴ殿、よろしいか?」


 軍議が終わり、解散となった瞬間、マルテディ侯爵に俺は呼び止められた。


「貴殿に頼みたいことがある――」

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