第278話、通報されなかった理由


 せっかく張った警戒線が機能していなかった。その原因を突き止めるべく、俺たちリベルタは斥候隊を編成して、セッテの町から東へと飛んだ。


 この警戒線とは、鳥型邪甲獣アルバタラスによる空襲を見張るために配置したもので、その正体はゴムの分裂体である。


 サタンアーマースライムは、黄金領域化する瘴気も無効なので、対策ポーションは必要なく、見張りに立つことができる。


 また変身する能力を獲得しているので、敵がセッテの町に侵入しようと発見したら、空を飛んで通報するようにと、ゴムの分裂体には伝えておいたのだが――


「まさか、ゴムちゃんたち、やられてしまったんじゃ……?」


 ルカが心配していた。煮ても焼いても食えない、もとい死なないサタンアーマースライムが、まさかとは思うが、それも過信であり油断なのかもしれない。


 街道砦を越えて、ダークバードでゴムの分裂体たちが警戒している場所まで来て見ると。


「戦闘……!?」


 黒スライムの集団と、獅子型、蛇型といった地上型邪甲獣が戦っていた。いや、正確には、ほぼ戦闘は終わっていた。


 ゴムの分裂体たちは、邪甲獣を撃破し、その遺骸を溶かし、残った装甲に張りついたりしていた。


 その様子を見たカイジン師匠は言った。


『どうやら、相当数の敵がここを進もうとしていたようだ』

「ですね」


 邪甲獣の装甲の他、黄金化した装備や武器が所々に落ちている。ざっと見ただけでも、それらが結構散らばっている。


 見張りだったので、ゴムの分裂体は少なかったはずだ。だがよく戦い、逆に敵を取り込んだことで数を増やして、ついにここを守りきったのだろう。


『敵は二段構えの策を取っていたということか』

「と言うと……?」


 ルカがカイジン師匠を見た。そういえば彼女にとってはお爺ちゃんなんだよな。


『うむ。敵は鳥型邪甲獣で、セッテの町の討伐軍を瘴気の毒で混乱させ、あわよくば撃破を目論んだ。だがその策が中途半端だった時や、生き残りがいた時にそれを掃討するために、地上からも邪甲獣軍団を進軍させていたのだ』


 アルバタラスで仕留められればよし。さもなくも地上部隊でトドメ。敵もやるものだ。対策ポーションがなければ、討伐軍はほぼ壊滅していただろうし、生き残りも、ここに押し寄せた邪甲獣で始末されていただろう。


「じゃあ、ゴムちゃんたちは、討伐軍を守ったんですね!」

『……うむ』


 師匠が歯切れも悪く、腕を組んだ。アウラがきて、口を開いた。


「残念ながら50点といったところね。本来、敵が来たら、セッテの町にいるワタシたちに通報するようにって言ってあったから、それができなかったところは不合格よね」


 それを聞いて、ルカが肩を落とした。別に君が叱られたわけじゃないだろうに。


「自分たちで対処できる程度なら、報告は後回しでいいぞ、って言ってなかったっけ?」


 俺はアウラに言った。たとえばゴブリンの一体や二体が来た程度で、いちいち敵襲と通報するのはどうなのか、という話になって、ゴムの分裂体にもそれを伝えていた覚えがある。


 自分たちで始末できる少数の雑魚まで報告されて、こちらも動いていては無駄な労力を割かれるって。


「まあ、そうなんだけれど、地上の敵に引っ張られて、空の侵入を通報できなかったのは、本末転倒じゃない?」


 アウラは指摘した。


「そもそも、ゴブリンの一体や二体って数じゃないでしょ、これ」


 地上からそれなりの規模の敵が進軍していた。どのみち、通報案件だっただろう。


「まあまあ、そう言うてやるな」


 ここでダイ様が出て、ゴムの分裂体たちに歩み寄った。


「こやつらはまだ、童ぞ。一度にあれもこれも対応できぬこともあるだろう」

「そうですよ」


 ルカがゴムの分裂体の一体を抱きかかえた。


「誰か大人がついてあげるべきでした。ゴムちゃんたちを責めるのはよくないと思います」

「うーん、まあそうなんだけど。通報されていれば、討伐軍の犠牲ももう少し減らせたと思うとね……」


 そのつもりで置いた警戒線である。たら、れば、とかそういう話になってきている気もする。


『つうほー、したよ?』

『つうほー、届かなかった?』


 ゴムの分裂体たちが言った。話を聞いていただろう、分裂体のうち何体か、ぴょんぴょんと跳ねてきた。


『つうほー、したよー』

『お空をとんでるやついたー』

『地上からもきたー』


 通報した? 俺たちは顔を見合わせる。ゴムの分裂体たちが言う通りなら、セッテの町に報告に飛んだ分裂体がいて、しかし、それが届かなかったことになる。


 カイジン師匠は言った。


『それが本当ならば、此奴らはきちんと役割を果たそうとしたことになる』

「偉いねー、ゴムちゃん」


 ルカが抱えている分裂体をナデナデした。


「疑ってごめんね、ゴム」


 アウラは詫びた。


「でもそれはそれで問題ね。通報に出た個体がいて、でも届かなかったのだから。理由は何? そもそも、その個体はどこへ消えたのかしら?」

「敵の妨害は……考えにくいか」


 この状況で、邪甲獣たちより先行して、こちらの警戒線の内側に敵が入り込んでいるとか、あり得ないか。いや、そのあり得ない事があったから、通報が届かなかった可能性もあるのか。


 ……それだとしたらヤバいぞ。俺たちの知らないところで、敵が入り込んでいるかもしれない!



  ・  ・  ・



 危機感を抱いて、セッテの町に戻ったところ、伝令役に向かったゴムの分裂体を見つけた。


 町の外でポツンといたその分裂体に聞いてみたところ、しょぼんとした調子で返された。


『にんげんが、通せんぼした』


 どうやら、討伐軍の警備兵が、ゴムの分裂体を『敵性スライム』と思って、町に入るのを阻止したのが原因のようだ。そうやってゴタついている間に、アルバタラスが飛来してしまったというのが、事の顛末だった。


 ゴムの分裂体たちは、確かに通報した。だが、事情を知らない者たちに『モンスター』と識別され、伝えるべき内容が伝えることができなかったのだ。


 これは周知させておくべきだった。王都カルムじゃ、俺たちのクランに黒スライムがいることが知られていたから、皆知っているものと勘違いしていた。


 討伐軍には王都外から参戦した者も多かったし、そもそも王都にいたって、全員が知っていたわけでもない。


 とはいえ、対策ポーションさえ間に合わなかったのだ。討伐軍全員にゴムのことを伝える暇もなかったわけで、こうなると誰のせいでもないんだよな……。


 ゴムは職務を果たした。果たした結果、伝わらなかったのは皮肉としかいいようがなく、また不幸だった。

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