第277話、次はやられない


 討伐軍4000人。そのうち、セッテの町に到着早々の奇襲により1000人近くの死傷者を出した。


 対策ポーションが間に合わず、黒きモノや魔物化したものは、およそ600人ほどと言われる。


 町と周辺に落とされた水晶柱は全て破壊し、これ以上の黄金領域汚染は防がれたが、初手にして、手酷くやられたと思う。


 何より頭が痛くなるのは、今回の襲撃で、敵の損害が俺とヴィオの撃墜した鳥型邪甲獣――アルバタラスと命名――数羽のみ。


 討伐軍の被害を考えると、お話にならない。


 マルテディ侯爵と、各指揮官、貴族らは、あまりの損害に頭を抱えた。本格的衝突前に失われた兵の数が多すぎる。


 果たして、こんなことで領主町へ乗り込み、魔物どもを討伐できるのか?


 あまりの空気に、俺とヴィオは顔を見合わせるが、場に顔を出したアウラは、一同にこう言い放った。


「でも、この被害、対策ポーションが完全に行き渡っていたら、損害ゼロだったんじゃないの?」


 侯爵たちは目を見開いた。確かに、討伐軍は魔物化した味方との殺し合いによって出た死傷者であり、仮に誰も魔物化しなかったら、そもそも被害など起きなかった。


 では何故、ここまで被害が出たかと言えば、用意された対策ポーションとそれについての説明がされる前に襲撃されたからに他ならない。


「今回の犠牲は痛いけれども、討伐軍全員が瘴気の危険性とその対策ポーションの効果を実感した。もし次に同じ攻撃があっても、落下してきた水晶柱に直撃しない限りは、損害なしで乗り切れるでしょ?」


 おおっ、と貴族たちが驚きつつ、同意の声を上げる。ヴィオが口を開いた。


「いきなり1000人の脱落は苦しいけど、現状でも前回の討伐軍の2倍の兵力が残っている。邪甲獣対策の手もあるし、何より今回はとても頼もしい味方がついている」


 それは誰――という前に、そこで何で俺を見るんだ、ヴィオ?


「神聖騎士の英雄ヴィゴがいるんだもの。僕たちは、必ず領主町へ行き、敵を打ち倒すんだ!」


 そうだ、やれるぞ――と、指揮官たちが昂揚し出した。討伐軍の指揮官、貴族たちへの俺がいるから大丈夫みたいな空気はいったい何なのか。何か、むず痒くなってくる。


『それはあれだ。王都で討伐軍の皆が見ている前で、レヴィアタンの頭を見せびらかしたせいだろ』


 ダイ様が念話で突っ込んできた。見せびらかしたなんて……いや、見せびらかしたか。

 レヴィアタン・ヘッドを討伐軍が待機している広場に持っていった。変に見くびられたり、絡まれないようにという予防線だったんだけどな……。


 ともあれ、討伐軍の方針会議は進行。今回、用意した対策ポーションを早速使用してしまったので、その補充生産を行いつつ、軍を再編成。最終目的である領主町の解放と魔物とそれを操る敵の殲滅を目指す。


 ……とりあえず1日は大丈夫とはいえ、効果が切れた後でまたアルバタラスによる水晶柱空爆されれば大損害は免れないので、対策ポーションの生産は急務だ。


 現在の、討伐軍に行き渡るはずだった対策ポーションのうち、飲めなかった人の分、およそ600本分と、200本が予備としてあるが、約3000人の討伐軍全体には全然足りない。だから効果が切れる前に最低限、人数分を確保しなくてはならない。


 最低2200本を確実生産。そして以後のことを考えれば、予備はあればあるほどよい。


「というわけで、作り方を教えるから、あんたたちで頑張りなさい!」


 ラウネが、対策ポーションの作り方を告げた後、討伐軍から選抜されたポーション製作要員たちに宣言した。


「正直、材料集めだけで大変なのだけど、ここにいるワタシと、神聖剣、魔竜剣がいる限り、当面の材料は足りる。後はアナタたちが働いて自分たちの分は自分たちで作るのよ、いい!?」


 薬師はもちろん、肉体労働用に集まった兵たちは、風変わりな美魔女と、ふたりの美少女に不思議そうな顔をしていた。


 だがいざ彼女たちがポーション用の素材をポンポン出して、水を出して、さらにその水をポーション用に浄化しているのを目の当たりにすると、呆然としてしまった。


 そして素材は揃ったらから、調合するのはお前らだ、と最初の見本だけ作ると、後は丸投げである。


 だがこれも仕方のないところはある。ラウネは、素材の薬草を時間内に用意せねばならず、結局徹夜確定。ダイ様は収納庫に貯めた水を出すだけだが、オラクルはその水の浄化作業をしなければならない。


 それだけでも手間であり、実際役割分担することで間に合わせようという魂胆である。討伐軍本隊の兵たちの運命は、彼、彼女らの手にかかっているのだ。


 だが、正直に言えば、結構怪しい。


 いくら効率を重視しようとも、物理的に限界はあるのだ。


 だから、ポーション以外の手も必要である。


「――つまり、敵がアルバタラスによる空襲を仕掛けてきても、討伐軍本隊に到達する前に、先に撃墜できる態勢を整えるのが、一番だと思うんだ」


 俺がそう提言すれば、アウラとカイジン師匠、そしてヴィオは頷いた。


『来る前に叩き潰してしまえば、ポーションがあろうがなかろうが、関係なくなるな』


 カイジン師匠は言った。しかしアウラは眉をひそめる。


「今回も、一応、ワタシたちは警戒線を強いて、空からの侵入に備えていたんだけどね。でもそれが機能しなかった」


 町の東、街道に沿って行った先に、ゴムの分裂体を配置し、鳥型邪甲獣が来たら通報するように、と告げてあった。


 ヴィオが顎に手を当てる。


「まさか、ゴムたちに何かあったとか……?」

「そう考えるのが妥当よね」


 アウラは首を傾げる。


「でも、サタンアーマー・スライムであるゴムの分裂体がやられるとは、ちょっと考えられないだけど」

『ここでああだこうだと推測しても始まらん。様子を見に行けばよいのだ』


 カイジン師匠は腕を組み、俺を見た。


『確認はするとして、それとは別に、アルバタラスによる襲撃を仕掛けた場合の対処だ。先に撃墜できれば楽だが、それができる戦力は限られている」


 神聖剣か聖剣か、神聖系の攻撃。それも空だから、実際にこちらも飛ばなくてはいけない。ダイ様の使い魔か、ドラゴンか、変身したゴムとその分裂体くらい。


「ここは、ゴムの分裂体に常時何体か空にいてもらって、その都度叩いてもらうのが、多分早いと思います」


 俺とヴィオがずっと空で待機しているわけにはいかない。というか不可能だ。それを考えれば、分裂して数が増やせるゴムが適任だ。戦いは数だ、とはよく言ったものだ。


「ゴムと分裂体は、一応アルバタラスにダメージを与えられました。一撃で倒す攻撃力はないですが、殺せずとも片方の翼をやって、墜落させるだけでも充分でしょう。たどり着かせなければ、討伐軍本隊を守ることはできる」

「そうだね」


 ヴィオは同意すると、俺に上目遣いを寄越した。


「じゃあ、早速確認に行く? 敵がいつ来るか、わからないんだし」

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