第276話、空襲


 セッテの町にいた討伐軍は、大混乱に陥った。


 東の空から鳥型邪甲獣が複数襲来。――実物は見たことなくとも、邪甲獣という化け物の存在は、討伐軍に参加しているものなら名前くらいは知っていた。


 聖剣使いでなければ、まともに対抗できない敵の襲来というだけで大変なのに、そこに黄金領域化を促す水晶柱持参とくれば、何もかも急すぎた。


「全員、このポーションを飲めってよ!」

「え!? 敵が来ているんだろ?」

「瘴気とかって毒をバラまく敵らしい! これを飲まないとやられちまうってよ!」

「ショウキって何だよ!?」

「ほら、急げ急げ!」


 早速、木箱で運ばれてきた対策ポーションに群がり、自分も含めて仲間たちに飲むよう促す兵士。


 瘴気や黄金領域の意味も分からないまま飲む者もいる一方、得体の知れないポーションを気味悪がって躊躇する者もいた。


 だが、それらはまだマシな方だ。敵襲ということで、武器を手に配置に走る者。偵察と称して、町を探索し部隊と離れていた者など、右往左往する者も少なくない。


「なんか、ポーション飲めってよ!」

「ポーション!? 何で?」

「オレが知るかよ――!」

「おーい! ポーションって、持ってきたやつでいいのか?」


 話がきちんと伝わらず、混乱する者。対策ポーションを知らず、持参の回復ポーションを飲む者など混乱は加速する。


「瘴気対策ポーションだ! それを飲まないと意味がないぞー!」


 正しく呼びかける者もいたが、すべてが急すぎた。


「来たぞー!」


 セッテの町に迫る黒い巨大怪鳥。その両足にこれまた大きな柱を掴んでいる。


 と、聖堂から黒い大型鳥――闇鳥が人を乗せて飛び上がった。迎え撃つ構えだ。そして放たれた白い光線が、鳥型邪甲獣を1羽、撃墜した。


 おおっ、と歓声が上がる。だが敵の数が多かった。セッテの町の上空に飛来した鳥型邪甲獣は、水晶柱を投下した。


 弓や一般的術者の魔法の射程外を悠々と飛んだ邪甲獣は、荷物を落とすとさっさと翼を翻して、飛び去る。


 落下した水晶柱は、セッテの町とその周辺に複数が突き刺さる。


 直撃を受けた家屋の壁が崩れたり、通りに壁の如く埋まったり。近くに落ちてきて、危うく巻き込まれるところを助かった幸運者もいた。


「何だ……?」


 引き返していく邪甲獣。そして町に落ちた謎の石柱。投石機で大岩を打ち込まれたようなものか――兵たちが顔を見合わせ、苦笑する。


 が、悲劇は起きた。


「あああぁぁぁー!」


 悲鳴が上がった。肌を貫くような絶叫に、兵たちの表情が凍る。


 落ちた石柱の周りが黄色っぽく見え始めた。そして騎士や兵士がもがき苦しみ出した。


「お、おい、どうした……?」


 突然、のたうち回る同僚に困惑する兵士。彼は、対策ポーションを飲んでいた。そして蹲っている兵士は飲んでいなかった。


 たったそれだけの差だった。だが飲んでいなかった兵士の体は黒く染まり、肥大化していく。


「っ……ば、化け物ぉ!?」


 魔物化する兵士。それらは獣のように吠えると、近くにいた兵士、同僚、あるいは上司に襲いかかった。


 水晶柱が落ちた辺りが騒然とし始め、何やら戦闘が始まったようだと感じ取る別の部隊。

 騎士隊長は唾を飲み込む。


「いったい、何が起きているんだ……?」

「――ポーションだ! 支給されたポーションを飲んでいない者は急いで飲め!」


 大声で走り回る伝令の声がした。


「瘴気だ! 瘴気が拡散したーっ! 飲まないと化け物になっちまうぞーっ! ポーションを飲んでない奴は、対策ポーションを飲めーっ!」


 それを聞いて、邪甲獣が来たどさくさで、飲むのを躊躇していた兵は慌ててポーションを飲む。騎士隊長は叫んだ。


「対策ポーションを飲んでいない者は、急いで飲めっ!」


 まだ飲んでいない兵が慌てて木箱に駆け寄り、対策ポーションを手に取る。


 対策が間に合った者もいる一方、間に合わなかった者もいた。特に別途任務で、原隊より離れていた兵たちは、近くに支給されたポーションがなく狼狽える。


「対策ポーションって何!? どこ!?」

「おい、お前!」


 半泣きの兵士に、近くにいた兵士が木箱からポーション瓶を投げた。


「ポーションだ、飲め!」

「あ、ありがとう……!」


 見ず知らずの兵に、対策ポーションをもらい命拾いする者。


 しかし、そんなラッキーボーイばかりではなく、状況がわからないまま瘴気の範囲に呑み込まれて黒きモノに変異してしまう者もいた。


 そして一度黒きモノとなってしまったら、もはや救う手はない。人の形をしていない化け物――しかし、同じ討伐軍に参加した者の成れの果てと、無事だった者たちは戦わねばならなかった。



  ・  ・  ・



 くそぅ……。


 俺は闇鳥の上から、セッテの町を見下ろす。


 鳥型邪甲獣の襲来を見て取り、ダイ様の闇鳥に乗って迎撃に出たが、完全阻止する時間がなかった。


 俺とヴィオで、神聖剣と聖剣の一撃で、それぞれ邪甲獣を撃墜したものの、複数の水晶柱を町に落とされてしまった。


 マルテディ侯爵や指揮官たちには対策ポーションが間に合ったが、末端の兵たちに行き渡る前に先手を取られてしまった。


 くそっ。東から飛んでくると思って、警戒線を張っておいたのに、機能しなかった。きちんと通報されていれば、もう少し手前で早期に迎撃できたはずなのに――!


 いや、今はそれをどうこう言っても始まらない。


「ヴィオ! 町に落ちた水晶柱を破壊する! 黄金領域化を止めるのは、それが手っ取り早い!」

「わかった!」


 効果範囲の拡大を止めれば、ポーションが行き渡らずにいる兵も黒きモノ化せずに助かるかもしれない。


「ダイ様!」

「応!」


 闇鳥は町へ降下する。大通りに落ちた水晶柱をまずは破壊する!


 おそらく町にいるリベルタメンバーも、町にある水晶柱を壊しに行くはずだ。時間との勝負だ。

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