第274話、ダイ様の昔話


「約1000年前、前のウルラート王国は滅びた」


 ハク――魔術書が本体である青年は、ダイ様を見た。


「オレはその後の生まれだから、当時のことはわからないけど、あの地下空洞の遺跡に残されていた文を調べた結果、その1000年前に滅びたウルラート王国だってわかった。で、この王国が何故滅びたのかと言えば――」

「魔王と、魔剣じゃろ?」


 ダイ様が言った。約1000年前に当時の勇者に封印された魔剣ダーク・インフェルノ。その同じ頃に滅びたウルラート王国。確か、魔王も1000年前じゃなかったか……?


 俺の視線は、ハクとダイ様を行き来する。ハクは一歩下がった。


「ダイ様のほうが、当時のことを知っているようだ。キミから話を聞いてもいいかな?」

「昔話か……しょうがない、話してやるとするか」


 どっこいしょ、と、どこから出したかわからないが椅子に座った。……お、長話か。


 俺も椅子を探すが……残念、近くになかった。


「昔々、ウルラートという王国があった。……てっきり我は、今もその国と繋がっておると思っておったが――まあ、それは今はよかろう」


 ダイ様は語り出す。


「その国は平和ではあったが、王族の中に、神の力を手に入れようと行動した者がおったそうな……」

「神の力……?」


 アウラが興味ありげな目になった。しかしダイ様は手を横に振った。


「正直、その神の力とやらが何なのか我も知らん。何せ今話したのは、我が作られる前の話で、人から聞いた話だからな。……まあ、それは置いておいて、神の力を狙うのは、禁忌とされていた。だから、野心をもった其奴を、時の王は追放したのだ」


 追放――! マジで禁忌だったんだな。神の力やらは。


「しかし、その男は追放されてなお、神の力を求め……やがて手に入れた。だが禁忌に触れて、ただで済むわけがないのだ……結果、其奴と、家族、そして従っていた部下たちは呪いを受けた」

「その呪いとは……?」


 ハクが前のめりに聞く。ダイ様は、フッと笑った。


「魔なるモノの烙印。悪魔や化け物、邪甲獣、黒きモノ――とにかく、人間ではなくなった」

「それって、黄金領域の――」

「うむ、察しがよいな。瘴気と黄金領域だ。魔なるモノへと変化してしまった其奴は……魔王となった」


 魔王――!? それが1000年前の――


「そう、魔王だ。其奴は神の力を手に、魔物の軍団を率いて、大陸征服に動いた。かつてのウルラート王国もその報復と侵略を受けた。……我が作られたのも、その侵略の直前だ」


 暗黒地獄剣ダーク・インフェルノ。


 大地を砕き、一国の軍勢を一蹴したという恐るべき魔剣。


 アウラが手を挙げた。


「もしかして、ダイ様は魔王の剣……?」

「残念ながら、我は魔王の力で作られた魔剣だが、持ち主は魔王ではなかった。魔王となった男の家族――その息子が、当時の我の主だった」


 魔王の息子の愛用の魔剣。それはそれで驚きだけど、確かに言われてみれば、ダーク・インフェルノが魔王の剣だったって話は聞いたことなかったな。


「意外だ。ダイ様って、大地を砕くって魔剣だったんだろ? 最強の剣を魔王が持たなかったなんて……」

「ふふ、最強の剣か」


 ダイ様が薄く笑えば、アウラが口を開いた。


「案外、期待の息子に最強の剣を委ねたんじゃない?」

「なるほど、息子にって、そういう……」

「違う違う。いやまあ、我が最強の剣というのは認めてもよいが、実は我は双子でな。魔剣はもう一振り生み出されたのだ」

「双子!?」


 え、ちょっと言っている意味がわからない。剣に、双子?


「どっちが姉で、どっちが妹かは我も知らぬ。我は暗黒地獄剣。もう片方は、暗黒煉獄剣……ダーク・プルガトーリョと言う」


 ダイ様級の魔剣が、もう一本存在した……!


「我は魔王の息子――暗黒卿と呼ばれていた悪魔を主に、まあ散々その力をぶん回したものよ。……その結果、勇者によって我に宿っていた魔の力を奪い取られて、カラコルム神殿に封印された、というわけだ。以上、終わり!」


 ダイ様は腕を組んで胸を張った。……え? 本当に終わり?


「魔王はどうなったんだ? 魔王の息子は死んだの……?」

「知らぬ。我が封印された後のことは、まーったく知らぬ! 魔王はその時はまだ生きておったが、まあ今の世では滅びて欠片になっておったからな。勇者にやられたんじゃないのー」


 滅茶苦茶、投げやりな調子でダイ様は言った。……うん、まあ、魔王のその後については、一般に伝わっているように、倒されたってことでいいんだよな。


 肝心ところが分からず仕舞いではあるが、魔王が1000年前に一度ウルラート王国を滅ぼしたっていうのも、そうなんだろうなって理解した。


 で、コーシャ湖地下の遺跡も、その1000年前の王国のものということで、決着。以上、解散ってことだな。


「あー、ダイ様、ひとついいかな?」


 ハクが質問した。


「何だ、魔術書」

「……禁忌を犯したと追放されて魔王になった男に、家族って言ったよね? その家族って息子だけ?」


 ダイ様が『家族』と言ったことが気になったようだ。息子だけなら、『家族』ではなく『その息子』と言うのでは、と。あるいは複数兄弟だったりとか。


「息子と、娘がおった。ひとりずつ。妻は我が作られた時にはいなかったな。特に話も聞いたことがないから、当に死んでおったかもしれんな」

「娘のことは?」

「我が封印される前は生きていたぞ」


 その後どうなったかは知らない、と、ダイ様は答えた。


「そう、か。……ありがとう、参考になったよ」


 ハクがペコリと、ダイ様に頭を下げた。俺は気になった。


「今の質問、なに?」

「ん? あぁ、今回のラーメ領の事件、裏でスヴェニーツ帝国が動いているって話だったけど、瘴気とか黄金領域とか見てさ、もしかしたら魔王の血縁とかが生きていて、手を貸しているんじゃないかって思ってさ。……まあ、勘だけど」


 邪甲獣とか黒きモノとかまで敵にいる現状。領主町が黄金領域化しているとなると、確かにダイ様の話と被るんだよな……。

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