第273話、ふたつの王国


 水没都市から水がなくなれば、ただの遺跡か。


 地面のでこぼこのせいで、所々に水たまりはあるが、まあ気にするほどではない。


「改めて見ると、結構大きいな」


 底にいるせいか、建物に段差があるので、都市の一番上が手前の建物に遮られて見えない。


 セラータがジャンプして、手近な建物の上へと飛び乗った。


「ヴィゴ様!」


 ロープ――に見まがう太さの糸が飛んできて、反射で掴んだ。ぐっと引っ張られ、俺も建物の上に到着。ネットリ蜘蛛の糸。


「悪いな、ありがとう」


 おかげで、周りがよく見える。全体的に四角い建物が多くて、かなり密集している。段差さえなければ、屋根から屋根へ移動するのが正しいなんて錯覚してしまいそうだ。


「右側に見える建物……崩れているものが多いですね」


 セラータが報告する。あー、あの辺りか。


「たぶん、ナハル亜種がうずくまっていったところだろう。それで崩れちまったんだな……」


 しかし、これが神の島かもって? 遺跡になってしまっているせいか、そんな風には全然見えないんだよな……。


 この建物の密集具合を見ると、さぞ人が多くて栄えていたんだろうな、くらいは想像できる。少なくとも田舎じゃないな。


 だがこれじゃ、アウラやハクが期待するようなものは、なさそうだ。見上げれば浮遊する岩の塊がいくつもあった。


「あれ、何だろうな……?」

「ヴィゴ様?」


 セラータも天井を見上げる。


「浮遊する岩、ですよね?」

「何でこの空洞の中に浮いているのかなってのが、気になっているんだ」


 浮遊石ってものがあって、浮かぶのはわかる。でもなんでそれが、この上の方に浮いているのか。


「ひょっとして……」


 俺は思いつきを口にする。


「アウラやハクが探している、神の島ってのは下じゃなくて、上。この天井じゃないか?」


 セラータがハッと息を呑んだ。


「まさか……」

「大昔、ここは地下じゃなくて地上だった可能性はないかな。神の島が落ちてきて、この町がその下にあったことで、地下になっちゃったってさ」


 だから、今探索している町は、遥かな昔に存在していた文明のそれだが、神の島とは関係ないんじゃないか。


「まあ、確証はないし、思いつきだから違うかもしれない」


 もしかしたら、アウラたちが、この遺跡で神の島の証拠を見つけるかもしれない。



  ・  ・  ・



 その後、俺はラウネとディーたちと先にセッテの町に戻った。遺跡調査はアウラたちに任せて、俺たちは瘴気対策の魔法薬作りだ。


 セカンドホームに行き、魔法薬作りのための器作り。


「……これで、よろしいでしょうか?」


 エルフのファウナが、確認をとった。俺の目の前には鉄でできたクソデカの釜がある。


 姫巫女である彼女が、下級精霊を召喚して作らせた一品だ。ドワーフのマルモが監督する中、精霊ノームたちが鉄の大釜を作り上げた。


「これはいったい何人分だ?」

「さあ、100人分は余裕じゃない? ありがとね、ファウナ」


 ラウネは上機嫌に頷く。


「……お役に立てて、嬉しく思います」


 静々とファウナは頭を下げた。マルモは顔を振る。


「それにしても大きいですねー。これ、うっかり落ちたら、料理されちゃうんじゃないですか?」

「落ちたら、這い上がれないだろうな……」


 取り扱い要注意だと俺も思う。ラウネは、植物魔法で木を成長させて、それを足場に大釜の上へと上がった。


「それじゃあ、さっそく作ろうか。ダイ様、水を入れてー」


 黒魔女さんの主導で、魔法薬作りが始まる。まずはダイ様の収納庫にしまったコーシャ湖の水を釜に注ぐ。


 次にオラクルが、水の聖剣の力で水を魔法薬用に浄化する。水が清められたら、火を起こして沸騰させ、薬草を投入――下からじゃ、どんな様子か見えないな。


 魔法薬作りはラウネに任せて、俺は討伐軍のお出迎えの方に回るかな。これで量産が上手く行けば、ラウネが過労死しなくても済みそうだ。


 後は任せる――と、その場を後にしようとしたら、遺跡調査隊が帰ってきた。おや、意外と早かったな。


 難しい顔で口数の少なそうなハクとアウラを見たら、何となくお察し。


「お帰り。その様子だと、成果はなしか?」

「端的に言うと、この遺跡は、神の島ではないと思われる」


 ハクは心持ちテンションが低かった。やっぱり空振りだったか。


「千年くらい前の古い文明の遺跡で、偶然かもしれないけど、ウルラート王国というみたいだ」

「……ここはウルラート王国だぜ?」


 何を言っているんだ?


 俺が首を捻れば、ハクは肩をすくめた。


「そうじゃない。今のウルラート王国の前に、別の文明があって、その文明もウルラート王国と言うんだ」

「わからないな」


 俺は、先ほどからずっと難しい顔をしているアウラを見る。


「ウルラート王国がふたつある?」

「大昔と、今ね」


 アウラは難しい顔のまま言った。


「ヴィゴは、今のウルラート王国がどれくらい前から存在しているか知ってるかしら?」

「いや……。ずっとここにあった――少なくとも、ふたりに大昔のウルラート王国がー、って聞くまでは思ってた」

「今のウルラート王国ができたのは、およそ800年くらい前よ。少なくとも、王都カルムの資料やワタシが教わった歴史ではそうなっているわ」


 現在の王族のご先祖様が興した国なのだという。そこでダイ様が話に加わってきた。


「おかしいなぁ。我が魔剣としてこの世に名を刻んでおった頃、ウルラート王国という名に覚えがあるのだが……」

「何だって?」

「そう、あの遺跡となっている前のウルラート王国は、1000年前には存在していたんだ。そして、その頃に滅びてもいるんだよ」


 ハクの言葉に、俺は衝撃を受けた。

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