第272話、湖の水の転用


「はぁ?」


 ダイ様の素っ頓狂な声が響いた。


 俺とラウネが、神聖剣の力で水を浄化できるときいて、じゃあその水を地下からどう移動させようかと話していたら、これだ。


「何があった?」

「ヴィゴよ、聞いてくれ。魔術書が――」


 ダイ様が、俺のところに来て、魔術書こと白獄死書――ハクを指さした。


「地下空洞の遺跡を調べたいというんだ」

「そう。それで水が邪魔だから、ダイ様の収納庫に、その水を回収してもらえないかなー、と思って」


 ハクは、飄々と言った。同じくアウラが期待の目を向けている。俺とラウネは、あー、と理解した。


「なー、ヴィゴ。こいつ、おかしい――」

「その手があったか!」

「なぁ!?」


 てっきり俺が味方してくれると思っただろうダイ様だが、残念、俺もハクの提案に乗っかる。


「どうなんだ、ダイ様? お前の収納庫にあの地下空洞にたまった水を入れることはできるか?」

「できるできないで言われれば、できるが……」


 渋い顔ながらダイ様は答えた。あまりいい顔をしていないところを見ると……。


「何か問題が? 他に入っているものが水没するー、とかか?」

「別に、何もないし、水没もしないが……」

「なら、決まりだ。ダイ様、やれ」


 俺はきっぱりと言い放った。アウラは小さく笑みを浮かべる。


「ねえ、ダイ様。言っても、水の収納なんて少しの間だけよ。何なら、回収した水は余所にすぐ捨ててもらっていいし――」

「捨てるなんて、もったいない!」


 ラウネが口を挟んだ。


「ダイ様! その水、魔法薬に使うからキープするのよ!」

「どういうこと?」


 ダイ様だけでなく、ハクとアウラもキョトンとしたので、俺とラウネは魔法薬の素材としての水を欲している説明をした。


 ハクは頷いた。


「なるほど、それは名案だ。回収した水に使い道ができたのなら、まさしく一石二鳥だね」

「というわけで、善は急げだ。地下空洞の遺跡に行くぞ!」


 俺たちは、町を出て、コーシャ湖の湖底へと向かった。



  ・  ・  ・



 魔法薬素材の確保と、遺跡調査に出かけるということで、俺、ラウネ、アウラ、ハクの他、シィラとネム、ニニヤ、ディー、リーリエ、セラータ、カメリアさんが同行した。


 ディーが、ラウネのお手伝いで来たが、他の面々は遺跡に興味があるようだった。シィラは実はあまり関心がなさそうだったのだが、ネムが行きたいと誘ったのでついてきた。


 さて、湖底地下の空洞。ナハル亜種を倒したばかりだが、ここに戻ってくることになるとは。


 邪甲獣が開けた穴から落ちて、水没してしまった古代遺跡。この広い空洞の地面の3分の2ほどが水面である。これだけ多ければ、さぞ回収し甲斐があるだろう。


「行けるか、ダイ様?」

『横穴埋めに、ため込んでいた岩がなくなったからな。まあ、行けるだろ』

「よし、じゃあ始めよう」


 俺は魔竜剣を手に、水面に剣先を当てる。


『収納』


俺の右手の中で、剣がかすかに震えた。水面が揺れ、水位がほんの少し下がっていくような……?


「一気に、というわけにはいかないのね」


 アウラが言えば、ラウネも肩をすくめた。


「地味ーに、吸い込んでいるって感じね」

『地味言うな!』

「はいはい、ごめん」


 ダイ様の抗議に、ラウネは謝った。岸辺にしゃがみ込んでいたハクが振り返る。


「確かに水を吸っているようだね。地面が見えてきた」


 それにともない、俺は一歩、また一歩と前進する。そのまま立ち尽くしていると、剣先が水から出てしまうからな。


 アウラが手を叩いた。


「さあ、水が引いたところから、探索よ!」


 神の島かもしれない遺跡だけあって、ドリアードの魔女さんは目を輝かせている。研究者にとっては長年の夢が、目の前にあるかもしれない。そりゃ、興奮を隠せないだろう。ハクも同じような顔をしている。


 俺と魔竜剣で湖の水を回収しながら前へ進む。ずっと下りの坂道だから、ちょっときついなこれ。


 水位が少しずつ減っていき、没っしていた建物や構造物が水面から露わになる。アウラ、ネムにリーリエは、近くの建物の中を覗いたり、思い切り探索をする。シィラはお守り役のように後ろでそれを眺めている。


 ニニヤも、師匠であるアウラ同様、遺跡に関心があるのか、姉であるカメリアさんとあれこれ話し合いながら見て回っている。……こちらも保護者同伴みたいである。


 カメリアさんは大人だから、ちゃんと見ていてくれる人がいると俺も助かる。俺は基本、前しか見ていないからな。


「ラウネさんも、遺跡、見てきますか? ヴィゴ様には私が護衛についていますから」


 アラクネ足で、ひょいひょい建物の屋根を移動するセラータが聞いた。俺の後ろで、水の回収を見守っているラウネは笑ったようだった。


「私が興味を引かれるものは、アウラが見ていくでしょ。いいわよ」


 見たところ、建物といっても『遺跡』という感じで、ただの廃墟と代わり映えしないんだよな。何か珍しい形の建物があるとか、城とか神殿って感じもしない。


「おっと、ここから坂が急になるな……」

『この少し先じゃないか? ナハル亜種がとぐろを巻いていたのは』


 ダイ様が指摘した。確かにそうかも。この後も水を回収。魔物などに襲われることなく、俺たちはこの地下空洞にあった古代遺跡から、全ての水を撤去、集めることができた。


「さすがにこれだけあれば、魔法薬の素材としては充分だろう」

「ええ、充分充分」


 ラウネは満足げに頷いた。俺と同行して、収集される水の量を最後まで見届けたのだ。


「後はまとめて薬が作れそうな大鍋とか、容器が欲しいところね」

「水の浄化も」

「そうそう。このままじゃ使えないものね」


 神聖剣の剣先を水に刺して浄化。これは必須。


「まあ、こっちは終わったけど、遺跡探索組は、何か見つけたかなー?」

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