第271話、足りない、と黒魔女は言った


 コーシャ湖の横穴を塞いだので、これでラーメ領の領主町へ集中できる――と思ったんだけど……。


「薬が、薬が足りないのよぅ!」


 ラウネが何だかヤバイ人みたいなことを言ってきた。


「ヴィゴ、もう討伐軍もすぐそこまで来ているんでしょ?」


 ドリアード変異体の黒魔女は、目を血走らせている。


「こちとら、ずっと寝てないのよ。瘴気に対抗する魔法薬作りのせいでね!」


 ここのところ、黄金領域対策のための魔法薬の製作で頑張っているラウネである。彼女の場合、ドリアードの力で薬に必要な材料を作れるそうなのだが、問題なのは量なのだという。


「討伐軍の薬師や薬に詳しい魔術師たちにもやってもらうってことで、全部ラウネがやる必要はないって話にならなかったっけ?」


 それにラーメ領の黄金領域へ突っ込む時も、人数や掛かる日数も不透明だから、どれくらい必要になるかもわからないぜって。


「あのねえ、ヴィゴ。魔法薬が必要になるのは、領主町で戦う時だけって状況だけじゃなくなってるでしょ?」


 鳥型邪甲獣が、黄金領域を発する水晶柱を空輸してきたり、地面を掘ってコーシャ湖に出てきたり――


「いつ何時、大量の魔法薬が必要になるかわからないの。討伐軍がこのセッテの町に到着した直後に、瘴気をばらまく邪甲獣が大群で襲ってきてみなさい。それで討伐軍は全滅よ?」


 邪甲獣が大群で来たら、瘴気云々ではなく全滅するかもしれないけどな。……いくら俺や、ヴィオという聖剣使いがいて、リベルタクランの武器が神聖属性を付与されたとしても、限界はある。


 ラウネの言うことはもっともだ。瘴気攻めにあったらおしまいである。


「それで、具体的にどうすればいいんだ?」

「コーシャ湖の地下に、神の園があるかもしれないって話があったわね?」

「……アウラとハクが話していたやつな」


 浮遊石があったから、神の島が落ちてきたかもしれない、とか何とかってやつ。都市の遺跡みたいなものも、地下で水没していたから、もしかしたらって話をして、あのふたりが盛り上がっていた。


「まだ、神様の島とかと決まったわけじゃない」

「でも可能性はあるのよね?」

「調べてみないことには――」

「じゃあ、調べて」


 ラウネは胸もとで腕を組むと、挑むように言った。


「神の園だったなら、もしかしたら瘴気にも効果のある秘宝とか秘術が見つかるかもしれないわ」

「……あるのか。そんなの?」

「わかんないわよ! でも可能性があるなら、やるべきでしょ」


 ラウネが詰め寄ってくる。近い近い。しかも目が怖い!


「ヴィゴ、いくらワタシがドリアードで、ドラゴンブラッドで、スペシャルで、回復が早いからって、限度ってものがあるのよ。ワタシを楽させてよ」


 大変お疲れさまです。……それを言ったら、メントゥレもチマチマと護符作りを頑張っていると聞く。あれも大変そうだ。1個1個、手作りだもんな……。


「……どうしたのよ? 急に黙り込んで?」

「いや、ラウネもメントゥレも1個ずつ作らないといけないから、やっぱどう考えても人手が足りないなって」

「まあね。神官長さんは、どうやっても、まとめてできないものね」


 むー、とラウネは口を尖らせた。


「まとめて、だって?」

「そうよ。ワタシは釜を使っているから、一度に10人分くらい作れるんだけどね。まあ、それでも必要になるだろう数を考えると、全然足りないのだけれど……。そう、足りないといえば、水もない」

「水……? 湖の水か?」


 空っぽになったコーシャ湖、と言ったら、ラウネはムッとした。


「ポーションに使う水ってのは、基本、清らか、綺麗な水なのよ。質の悪い水はそれだけで魔法薬の効果を悪くするわ」


 確かに、効き目に差が出そう。


「コーシャ湖よりももっと綺麗な水、それも大量に必要になるわ。ないと、薬の作り方を変えなきゃいけなくなるし、一応、そっちでも作れるけれど工程が多くなって重労働が加わる。結果、ワタシが死ぬ」

「水ねぇ……」


 俺は腕を組んで考える。


「どんな水でもいいんなら、例の地下空洞に、コーシャ湖の水が流れ込んで、遺跡を水没させている。アウラとハクが、水を抜く云々って話していたから、それが利用できれば一石二鳥だったんだが――」

「ワタシの話を聞いてた?」


 ラウネが自身の腰に手を当てた。


「湖の水よりもっと綺麗な水が欲しいの。ただの水でも浄化するって方法もあるけれど、それも手間だし、量が必要だからやっぱりワタシが死ぬ」


 どうあっても、ラウネは死んでしまうらしい。……もちろん冗談なのだが、本気でそれをやらせたら、過労死もあり得る。


 しかし、ラウネ、今お前――


「浄化って言ったか?」

「言ったわよ? それが何か」

「オラクル」


 俺が呼び掛けると、腰に下げた神聖剣から、オラクルが出てきた。


「何か用か、主様よ」

「今ラウネと話していたんだが、聖剣って魔を浄化できるじゃないか。もしかして、汚れた水も、綺麗な水に浄化できたりしない?」

「……」

「あ、無理?」


 さすがに浄化違いだったか。響きが似ているからって、同じとは限らな――


「できるぞ」


 きっぱりとオラクルは言った。


「わらわを構成する神聖剣には、水の聖剣アクアウングラが含まれておる。その力を使えば、たとえ泥沼だろうが、精霊の好む浄き泉に変えてくれるわ」


 自慢げに胸を張る神聖剣様。それが本当なら、遺跡を水没させている大量の水を浄化して、魔法薬に使えるのではないか。


 俺はラウネと顔を見合わせた。


「これで魔法薬用の水は確保できそうだな」

「そうね……そう」

「どうした?」

「いいえ、単なる馬鹿げた思いつき。その湖の水がそのまま浄化できるなら、水をすくう前に素材ぶち込んで、張った水をそのまま魔法薬にできたら、手間も省けるのにって思っただけよ……。馬鹿げているでしょ?」


 ラウネが渇いた笑みを浮かべた。そんな妄想じみたことを考えて、少しでも楽したい本音が顔を覗かせている。……疲れてるなぁ、彼女。


 池や湖そのものをポーションにできたら、って意味だよなこれ。百人分の料理を作るのに、10人分の鍋で調理するより、100人分作れる鍋でやれば1回で済むって話だ。


 ……できないかな、これ。

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