第270話、巨岩、投擲
コーシャ湖底、横穴の正面からやや離れた位置に俺はいた。
横穴から、まだ敵は出てこない。このままなら、無駄に消耗を強いられることもなく終わる。領主町に集中できるってものだ。
横穴の前には、地獄竜インフェルノドラゴンと、神聖竜ディバインドラゴンという上級ドラゴン2体が陣取っている。
『まず、我から行くぞ!』
インフェルノブレス!!――地獄竜の口腔から地獄の炎を連想させるブレスが走った。それは横穴入り口から奥へと伸びていくように見えた。インフェルノドラゴンが頭を上げれば、ブレスの炎は洞窟の天井を溶かし、オレンジの線を引く。
そして爆発! 天井がガラガラと崩れだした。
もしここで下に人や生き物がいれば、生き埋め――いや降ってくる岩で圧死していただろう。
崩れる音が湖底に反響する中、土煙が入り口から外へと吹き出し、離れていた俺たちのもとにも届いた。
「うわー」
リーリエが、俺の後ろに隠れる。ルカやシィラも、顔や口を土煙から守る。やがて舞い上がった土砂も収まるが……。
「さすがにブレス1発で全部崩落とはいかなかったか」
『次はわらわの番じゃな!』
ディバインドラゴンが、すっと息を吸い、そして吐き出した。
ディバインブレス! 青白い光が一閃し、横穴の天井に再度ラインを作る。セラータが横穴上のターレ川のそのまた上を見やる。
「今、光が貫通しました?」
お、抜けたか。爆発が連続して、またも地響きが聞こえた。その音は次第に大きくなり、崩落を起こす。
ガラガラと天井が崩れ、またもしても土煙が勢いよく飛散した。もくもく――視界がよろしくない中、誰かが咳き込むのが聞こえた。
「やったか?」
シィラが目を細める。横穴の天井が崩れ、大きな岩の塊が入り口から数十メートル分、下に落ちた。
「……予想はしていたけど、半分に届かず、って感じかな」
完全封鎖ならず。天井崩落分で、横穴十メートル程度は埋まった。それだけでも壁としてなら、機能はしそうだが……。登ろうと思えば登って出てこれるだろうな。
天井数十メートルが崩れた分、入り口がやや後退した。
「よし、じゃあ、次!」
天井岩盤だけでは足りないのは承知している。次の工程だ。
・ ・ ・
俺はダークバードに乗って、コーシャ湖の上へと上がった。
天井がなくなったことで、洞窟ではなく谷のようになった横穴の上。そこから少し離れて、ドラゴンから神聖剣に戻ったオラクルセイバーを握る。
大地を砕くぜ、ソルブレード!
ガイアクラッシュ! 地形を崩して谷となっている壁を崩して横穴封鎖の土砂に利用する。
「……あれ、対岸に吹っ飛ばし過ぎたかな?」
横穴に流れ込んだ土砂や岩で、さらに埋まったが、まだまだ穴は空いている。
「じゃあ、ワタシたちがやるわ!」
アウラが攻撃魔法による谷崩しを提案した。ダークバードに乗り、アウラとニニヤが上級魔法を使用。エクスブロード上位を連続して打ち込み、爆破。俺が崩した反対側を崩して、さらに横穴の隙間を小さくする。
「かなり小さくなったわね!」
「それじゃあ、仕上げと行こう」
ダイ様の収納庫にある大岩を出して、それを持てるスキルで持ち、穴めがけて投げ込む。投擲! 投擲! 投擲ぃ!
・ ・ ・
「何て光景だ……!」
無精髭の騎士ゴットフリーは呆然となった。ヴィオ・マルテディ付きの騎士である彼は、同僚たちと、ヴィゴが投石機で放るような巨岩を軽々と投げる姿に驚愕する。
「ね、凄いよね、ヴィゴは」
感心したようにヴィオは言った。うっとりしたような視線を向ける主人の姿に、お付きの騎士の紅一点にして、従者だったトレは、何とも言えない顔になった。
「スッゲー!!」
獣人少年――カバーンが大声を上げているのを見て、さらに複雑な表情になる。
トレは、ヴィオの部下だが、同時にマルテディ侯爵の部下でもある。ヴィオの行動はもちろん、リベルタクランの活動についても観察し、求められれば報告する義務がある。
もっとも、日頃の活動などは、リーダーであるガストンが淡々とこなすだろうから、それはそれで構わない。
だがトレをして、その表情を曇らせるのが、彼女の報告する範囲が、ヴィオの交友関係など、よりプライベートな面が含まれていることだ。
――お嬢様は、ヴィゴ殿に恋愛感情を抱いておられる。
ヴィオがそう言ったわけではない。だが、トレの知るヴィオが、男性に対して競うような性格だったのに対して、ヴィゴに対してはまったくそれがない。
それどころか、むしろ気に入られようとしているのか、随分と大人しいし、彼の言動に素直に従う。
――あのお嬢様を、ああも素直に言うことを聞かせるなんて……。ヴィゴ殿は、よほどお嬢様の扱いに長けているのだ。
しかし意外だ、とトレは思う。ヴィオのこれまでの言動や性格を考えれば、ヴィゴ・コンタ・ディーノのようなタイプに決してよい感情を持たなかったはずだ。
何せ我らがお嬢様は、面食いでいらっしゃる。その基準でいえば、ヴィゴはよほどヴィオの感覚にピンポイントにこなければ、ほぼ選ばれることがないタイプである。
「よほど、ピンポイントだったのか……」
「トレ?」
ヴィオが振り向いた。どうやら呟きとなって漏れていたようだ。トレは姿勢を正す。
「何でもございません」
純粋に、神聖剣使いであるヴィゴ殿の実力を認めて、尊敬されているだけかもしれない――そう考えてみるが、すぐに否定的な見方になる。
違う。ヴィオお嬢様は、ヴィゴ・コンタ・ディーノに恋愛感情を抱いている。
そういえば、侯爵も、何気にヴィゴの言動とヴィオへの態度に注意しておけと命じていた。勘づいていたのか、はたまた予感があったのかはわからないが、今となってはそれも現実のものになりつつあるように感じる。
もうじき、そのマルテディ侯爵が討伐軍と共にセッテの町にやってくる。おそらく報告を求められるだろうが、はてさてどう返したものか。
などとトレが、密かに憂鬱を抱えている頃、ヴィゴは用意した大岩を投げ終えて、横穴を完全に封鎖を果たしたのだった。
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