第266話、ナハル亜種


 水の中、俺は猛烈な勢いで後ろへ吹っ飛んでいた。何故って? 右手の神聖剣が水流を噴射して、推進力を得ているから。


 背中全体にクッションじみた弾力を感じるものがぶつかった。ゴムか? 俺に振り向く余裕なかった。


 何せ水流の勢いが強すぎて、力入れて真っ直ぐ伸ばしていないと、神聖剣が手の中で暴れそうだからだ。


 今こそ真っ直ぐ後退しているが、手の中の剣を抑えられなかったら、暴れるままあらぬ方向へ吹っ飛ばされてしまうだろう。


 くそっ、両手で押さえたいが、左手は魔竜剣を持っているから難しい。せめて腕をクロスさせて、剣先が上向きにならないように押さえつけるくらいか。


 それにしても、右手の中で神聖剣が暴れまくる! 何という暴れ馬。それだけ水流が強いってことなんだけど!


『……っ!?』


 背中の弾力が強くなり、方向が変わったような……。何事かと思ったが、ひょっとして、ゴムが遺跡の段差とか建物にぶつかって押しつけられた結果、反動が伝わったか?


 剣は斜め下に向けて、岸の方へ浮かび上がらないと……! 障害物にぶつからず、かつ、水面に出た時、地上に近いほうがいい。だから真上に向かうのはなし。


 まあ、ナハル亜種は、こっちへ突っ込んできているので、そいつの顔面に水流をぶち当てて、少しでも抵抗しておく。斜め下向き噴射がベスト!


 真っ暗な水の中。黄金色に輝くものをいくつも体につけた邪甲獣が、猛スピードで追いかけてくる。


 ギラギラと輝く黄金の目。こっちも相当な速度を出しているけど、不安になるスピードで追いかけてくる。


 早く早く早くーっ! 


「っ!」


 水面に出た! っうわ、剣から水流噴き出しながら、空中に飛び上がった!


「ヴィゴ!?」


 シィラの声が流れた。


「お前ら、危な――おわっ!?」


 地面にぶつかった。俺の背中にくっついていたゴムがクッションになって反発。俺はそこでゴムから離れて一回転、そして岩の地面に着地ぃー!


 湖から邪甲獣が飛び出した。水晶柱が角のように見える大蛇型――ナハル亜種!


「邪甲獣!」


 アウラが叫び、仲間たちが身構えた。地上に出てしまえばこっちのもんよ!


 咆哮を上げて突っ込んでくるナハル亜種。ネムが素早く短弓を構えて放つ。ナハルの目元に当たり、直後爆発が起き、勢いが鈍る。


 シィラが魔法槍タルナードを握り込む。


「吹き荒れろ、風神ッ!」


 竜巻の如く猛烈な風が吹き荒れ、ナハル亜種の頭から覗く体を押さえ込んだ。堅牢な邪甲獣の外皮を抉るように、傷がピシピシと入る。


 さすがに装甲部分は削れないようだが、それでも外皮に傷を入れるのは、邪甲獣じゃなければ切り刻まれていたのではないか? こいつはいい攻撃!


 俺はダッシュブーツで肉薄、そしてジャンプ。シィラの起こした竜巻の切れ目に入り、左手の魔竜剣に力を込めて――喰らえ、6万4000トンの『断頭』!


 ザン――!


 っと! 勢いあまって水辺に落ちた。素早く頭を出して振り返る。どうよ!?


 水飛沫が飛んできて、頭から被った。どうせ濡れているんだからいいんですけどね! ナハル亜種の頭が落ちたせいで飛んだ水だった。

 続いて、頭を失った邪甲獣の体が横倒しになって倒れた。


「すっげぇーっ! すっげぇーっ!」


 カバーンが叫んでいる。俺は鎧の隙間から水を出しながら岸に上がった。


「アニキ、スゲぇっす!」

「おう」


 他に言葉が浮かばなかったので返事だけしておく。そういや、カバーンは、ナハルは見たことないもんな。


「シィラ、いい攻撃だったぞ」

「いや、流石だな、ヴィゴ」


 シィラが照れたように苦笑している。


「いいや、前見た時より、強くなっていたぞ」


 修行の成果ってやつだな。シィラは日頃から武術に熱心だし、最近はルカとよく修行していた。タルナードがドラゴンブラッドでパワーアップしたとはいえ、それを扱いこなせるよう、よく修練を重ねたと思う。


「ネムも、いい動きだったぞ」


 一番最初に先制したのは、さすが弓使い。よく邪甲獣の圧に負けずに一発を放った。しかも爆発する矢とか、とっさの選択も完璧じゃないか。


 ウシシ、と歯を見せるネム。うんうん、よくやった。


 俺が邪甲獣の死体に寄れば、アウラもやってきた。


「ナハルに似ているけど、これも邪甲獣よね?」

「俺はこいつを勝手にナハルの亜種って判断した」

「こいつが、黄金領域の発生源かしら?」

「たぶんな」


 岩柱とほぼ同じ水晶柱が、体からいくつも生えているからな……。


「こいつを壊せば終わりかな」



  ・  ・  ・



 それから、ナハル亜種の処理をやった。


 黄金領域の発生させている水晶柱を砕いて破壊。小さな欠片となってしまえば、瘴気が出なくなるのは、この前、岩柱を破壊した時に確認済み。


 ナハル亜種が死んだ後も、若干汚染を撒き散らしていたから、持てるスキルで岸に全体を持ち上げて、引き揚げて潰していった。


 水の底に沈んだ古代遺跡も気になるが、ひとまずこの空洞から脱出。コーシャ湖に繋がるターレ川の地下穴から黒きモノとか邪甲獣が現れて、セッテの町を襲っていたら大変だからだ。


 湖底に穴を開け、さらに瘴気の発生元を叩けたので、ひとまずよしとしなくては。


「それにしても、この浮いている岩なんだろう……?」


 ダイ様の使い魔であるダークバードに乗り、天井への穴へ帰る俺たち。その道すがら、浮遊する岩を見る。


「そんなに気になるなら、いくつか持って帰るか、ヴィゴ?」

「そうしよう。興味ある」


 ダイ様の収納庫に、適当な大きさの浮遊岩をいくつか回収。これ地上でも浮くのかな。この空洞内限定だろうか……?


 ともあれ、俺たちは地上に復帰。敵の姿は……なし! 瘴気も黄金領域も湖底からはなし。ただし、横穴からは若干漏れているような。


 俺たちは、セッテの町に帰還した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る