第265話、水底の探索
地の底なんて、本来なら真っ暗で、視界なんてないも同然のはずだった。
だが、黄金領域化した世界は、わずかな光が当たっただけでも、周囲の地形をはっきりさせるくらいには明るかった。
俺は、コーシャ湖の水で地底湖と化した水の中にいた。右手にある神聖剣オラクルセイバーの剣身は光をまとい、それが水底を照らす。
水の聖剣の力を持っている神聖剣のおかげで、水の中にいても呼吸ができる。……いや、これがまあ違和感がひどくて、気持ち悪いのだが。
『慣れじゃよ、主様。こういうのは慣れじゃ』
神聖剣さんも、そうおっしゃっている。いわゆる念話式なのか、頭の中で直接やりとりしている感じ。
それでなくても、地上にいるよりふわふわしている水中の感覚に、おかしな気分だ。要するに、正常じゃない。
この空洞自体、奥へ傾斜している。だから水の中を進めば進むほど深さが増していく。ゴムの分裂体がついたダッシュブーツで、底を歩いていくのだが。
『水中都市みたいだ』
空洞に入った底に、岩なのか建物なのかわからないほど劣化した遺跡もどきがあったが、水中に没している部分のほうが、より遺跡らしく見えた。
階段の段差もはっきりしているし、明らかに建物とわかる建築物の残骸も見えた。
『どうせ来るなら、水がたまっていない時に来たかった』
『遺跡観光に来たわけわけではないぞ、ヴィゴ』
左手の魔竜剣から注意が飛んだ。何故持っているかというと、ゴムとの交信用。水中でゴムと意思疎通するのに、ダイ様のお力を借りているのだ。オラクルと話すように念話交信というやつである。
分裂体が俺の足についているが、ゴム本体は、スライムの形で、俺の後ろにフワフワとついてきている。ヒレとかないけど、どうやって動いているんだろうか。遅いけど、ちゃんとついてきているんだよな……。
『どれくらい昔の遺跡なんだろうな。……ラーメ領の地下にこんなところがあるなんて』
ラーメ領地下遺跡。じっくり探索できないのが、残念だ。黄金領域だけあって、かざした神聖剣の光で、キラキラと輝いてみえる。
本当なら生き物を魔物か黄金にしてしまう恐ろしい空間なんだけどな。……汚染されて魔物化した魚とか、襲ってくるんだろうな。
『魚の姿はないけど』
『上から落ちた時に叩きつけられて死んだのでは?』
オラクルが言えば、ダイ様が続いた。
『いやいや、そこらの黄金も実は魚の成れの果てかもしれんぞ』
どんどん深くなっていくが、視界に特に変わりなし。そもそも照らしているのが、神聖剣だからな。光の発生源が俺の手元だから、そりゃ変わらないか。
『……ん? あれは――』
地形が水平になってきた。水に沈んだ古代都市の中に大きな塊が乗っかっている。巨大な蛇――
『まさか、レヴィアタン……?』
コーシャ湖で戦った蛇竜のような化け物が脳裏にちらつく。ダイ様が言った。
『いや……どちらかと言えば、大蛇の邪甲獣に似ていないか?』
王都カルムの南に巣を作った大蛇型邪甲獣ナハル。しかし――
『あんなに突起があったか?』
俺がレヴィアタンだと思った理由のひとつが、蛇竜のような体に無数の突起が生えていたから。
だがよくよく見れば、レヴィアタンのそれとも違っていて――
『突起というか、黄金の岩柱みたいじゃな』
オラクルが指摘した。黄金領域を拡散する黄金色水晶の柱、それがいくつも生えている。さらに蛇のようなその体に、邪甲獣の特徴である装甲が継ぎ接ぎのようにくっついている。
『まさか、邪甲獣の上位種なのか……!?』
黄金領域で進化したとでもいうのか。もう大蛇型邪甲獣ナハルの亜種にしか見えない。
『あいつが黄金領域の発生源……』
『幸い、ヤツは今眠っておるようじゃ』
確かに、邪甲獣はとぐろを巻くように、身動きしない。水の中で静かに黄金領域を発生させながら静止している。
さて、困った。コーシャ湖底に開いた穴の大きさを見れば、そりゃデカいだろうと覚悟はしていたが……。
水中にいる大物相手に、果たしてどう戦ったものか。こっちは動きが鈍く、慣れない水中戦。
『オラクル、ダイ様、水中でも何か技使えるかい?』
『ディバインブレス、もといディバインブラストは使えるな』
『我は、遠距離ではインフェルノブレスも46シーも使えん』
ダイ様が拗ねたような声を発した。
『だが肉薄して、ヤツの体に魔竜剣を刺せたなら、そこからなインフェルノブレスも46シーも叩き込めるぞ』
肉薄、ね……。動きが鈍くなる水中だから、気づかれずに近づけるのか疑問だ。仮に反応されたら、こっちがもたついている間にやられてしまうかもしれない。……これが地上だったらな。
ナハルは持てるスキルで持ち上げたりしたけど、水中じゃあ効果あるのかな。
『無難にディバインブラストを使うか……』
『それで倒せる、という保証はないがな』
ダイ様の言葉。……そうか、元々装甲には定評がある邪甲獣。それも上位種ともなれば、こちらの攻撃に耐えるというのも考えられる。一発で効かなかったら、その後は当然、荒れ狂うナハル亜種の逆襲を受ける。
『効かなかったら、全力で地上まで逃げればよかろう』
オラクルは言った。
『地上に誘い出せれば、それこそ攻撃手段は格段に増えるからのぅ』
『……よし、それで行こう』
そうと決まれば、黄金領域の発生源の破壊を兼ねて、ナハル亜種への攻撃を開始する。眠っている今のうちに、こいつは仕留めなくてはいけない。
動く発生源とか、もし地下を通ってラーメ領を出たら、対策を取れない集落や町などに黄金領域被害が出てしまう。ここで必ず、倒す!
神聖剣にさらなる光が集まる。明るすぎて、周りの黄金の色合いも眩いばかりに輝きを増す。
これ、ナハル亜種も目覚めるんじゃないか……?
『主様よ!』
『おう! ディバイン・ブラストっ!』
神聖剣が周囲の光を自身の光に飲み込んだ。ディバインドラゴンのブレスと同等の光の塊が放たれた。それはナハル亜種の頭に直撃し――あ、眩し。
ちょっと目を開けていられなかった。
光が消えた時、水のうねりのようなものが当たるのを感じた。どうなったか、よりも、嫌な予感のほうが先だった。
『主様、わらわを前に突き出すのじゃ!』
切羽詰まったような声に、あ、これは上手くいかなかったんだなと瞬時に察した。続いてダイ様の声。
『ゴム、ヴィゴの背中にくっつけ!』
『主様、ジャンプじゃ!』
指示が連続する。暗闇と化した水底が、黄金色に輝くものがいくつも浮かんでそれが動いていた。ナハル亜種の水晶柱が発光しているのだろう。そいつが動いているってことは――
『アクアウングラ、水噴射!』
正面に突き出した神聖剣から勢いよく水流が噴出した。足下を蹴り、若干浮かんだその時、神聖剣の水流の影響で俺は後ろへと後退した。……って、おおーい!
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