第264話、湖の底には


 光球を落としたら、下のほうがかなり明るくなった。


 俺たちは護符で守られているとはいえ、この穴からは黄金領域の瘴気が噴き出している。黄金化しているものが、下にあるのかもしれない。


 そして唐突に、視界が広がった。またも巨大な空間にぶつかったのだ。


「何だこりゃ……」


 岩が、浮いていた。何の力が働いているか知らないが、岩が無数に宙を漂っている。魔法でも掛かっているのか?


「ダイ様、これは……」

「何だろうな」


 ふわり、と降下するダークバード。これは珍しい光景だ。浮遊している岩塊を見るが、やはり普通の岩にしか見えない。


 浮遊岩を抜けると、下は地底湖と遺跡……いや、遺跡と呼ぶにはお粗末な岩場が眼下に広がっていた。半分岩に埋まっているような、あるいは建物っぽい形をした岩がいくつもある、みたいな。


「ここにも地底湖か」

「いや、これは上のコーシャ湖から流れてきた水じゃないのか?」


 ダイ様が天井の穴を、指さした。あー、なるほど。上から落ちてきたのか。


「あれに穴を開けたものは、いったい何なんだろうな」


 正体はわからないが、そいつが穴を開けなきゃ、湖底の水がなくなることもなかったに違いない。この空間に流れ込んで、新たな地底湖を作ってしまってまあ。


「降りてみるぞ」

「気をつけろ」


 それにしても、このラーメ領って、地下は穴だらけなのかもしれないな。領主町の、精霊樹の下にも空洞があったし。


 岩の上に降り立つ。うわぁ……至る所が黄金化していないかこれ。まだ全体ではないが、このまま放置したら、この空洞内のものも全部黄金になってしまうんじゃないか……?


 それぞれのダークバードから降りた仲間たちが、周囲を調べる。といっても、まずは眺めて観察なんだけどな。


「なーんもなし」


 リーリエが俺のそばで言った。確かにな。黄金の岩柱とか、わかりやすいものは特に見えない。じゃあ、どこから黄金領域が出ている?


「オラクル、黄金領域の発生源はわかるか?」

「うーむ……」


 神聖剣からオラクルが出てくる。ざっと見回し、湖面へと向く。


「あの地底湖からのようじゃの。水の中じゃ」

「うぇ……水の中か」


 こんな鎧を着て、水中は勘弁だぜ。ここ浅い……? いや、がっつり深そう。この装備じゃ泳げないぞ。


 アウラがやってきた。


「ねえ、湖の底、何か光ってない?」


 シィラとネムもやってくる。


「この天井に穴を開けた化け物がいるのか?」

「見えないねー。でも湖の中、光ってるねー、確かに」


 ネムが地面に手をついて、視線を下げると覗き込む。


「この水、触っても大丈夫なのかな?」

「ターレ川もコーシャ湖も、水は汚染されてなかったって話だろう?」


 シィラが確認するように言った。ああ、湖の水は安全だと、ハクからお墨付きをもらった。


「行くしかないってことか」

「……何してる、シィラ?」

「何って、鎧を外しているんだが?」


 カチャカチャと留め具に手を掛けて自身の鎧を脱ごうとするシィラ。ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て――


「行くのか? この中に?」

「水の中だぞ。さすがに装備をつけては潜れないだろう」


 胸当てを外すシィラ。立派なお胸様を包み込むインナーがお目見え。


「発生源を突き止めて、可能なら破壊する。そうでなければ来た意味がないだろう」


 底に穴を開けたものの正体を突き止めるだけでも、一応成果ではあるんだが。……いくら水は大丈夫って、これに入るのは勇気がいるな。


「シィラ、待って」


 アウラが止めた。


「いくら鎧を外したって、水中で活動できる時間なんて高が知れているわ。やるなら準備が必要よ」

「数分なら、素潜りでいけるが……」


 シィラは当然という顔で言った。オラクルがニヤリとする。


「まあ待て、シィラよ。汚染されていないとはいえ、湖底に穴を開けた化け物がいるやもしれぬ。ここは、主様が行くのがよかろう」


 俺かー。まあ……まあね、そうなるよな。男の子だもんな。……シィラほど息が保つか自信ないけど。


「主様は、持てるスキルの影響で、鎧なども下着などと変わらない程度の重さしか感じておらん。ほぼ裸で行くことになるお主らと違って、防御面もさほど影響なしじゃ!」


 あぁ、なるほど。そりゃそうだ。水中活動で考えたら、俺はフル装備でもほとんど影響なしなのか。


「……しかし呼吸だけはどうにもならんぞ」

「そこはわらわがついておるから大丈夫じゃ。忘れたか? わらわはオラクルセイバー。七つの聖剣の力が宿りし神聖剣。その力のひとつ、水の聖剣アクアウングラが、持ち主に水中呼吸を授ける」


 それマジか!


「つまり、俺はお前を持っている限り、水の中でも呼吸ができるってことか!」

「そういうことじゃ。……手放すなよ」


 息ができなくなって溺れ死ぬぞ、とオラクル。おう、がっちり握っていくぜ。となると水中でのメイン武器は神聖剣になるか。


 ちら、とダイ様を見れば、どこか拗ねているご様子。魔剣には水中に特に不利な面はなさそうだけど、どちらかというと火属性寄りだからか?


 とはいえ、俺ひとりってのも心細いな。いくらオラクルが大丈夫と言っても、水の中だ。地上とは勝手が違う。


 仲間たちを見渡す。どう見ても水中活動に向かなそうなセラータはともかく、普段から威勢がよいカバーンが、借りてきた猫のように大人しいのは珍しい。水が駄目なのかもしれない。ディーもそわそわしている様子で、獣人全体の見られる傾向かもな。


 ……ゴムか。


「ゴム、お前、水の中行ける?」

『いけるよー』


 何とも呑気な返事。こいつ普段から何も考えてなさそう。しかし防御面ではほぼ無敵のサタンアーマースライムである。


「潜れるか?」

『沈めるよー。浮けるしー』


 ……前言撤回。俺の聞きたいことをちゃんと理解できるコイツは頭がいい。水中でも自力で行動できるってことだ。ならば、ゴムをお供に、水中探索といくか!

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