第260話、空洞の中へ


「正直、汚染精霊樹の周りには邪甲獣がウヨウヨしている。だから今回の湖の穴も、邪甲獣が潜んでいるかもしれない」


 ダークバードに騎乗しながら、俺は、待機組――ヴィオを見た。


「俺たちが片方を探っている間、もう片方から邪甲獣が出てきて、町を襲ったら大変だ。その時はヴィオ、お前の聖剣をメインに何とか対処してくれ」

「わかったよ、ヴィゴ」


 ヴィオ・マルテディは上目遣いの視線を寄越した。


「……それで僕をここに残したんだね?」

「聖剣使いが二人ともいないのは、ヤバいからな」

「……そうだね」

「どうした?」

「ん? ううん、何でもないよ」


 ブンブンと手を振るヴィオ。


「じゃ、じゃあ、気をつけて」

「ありがとう」


 俺は、ダイ様が騎手を務めるダークバードの背に乗った。ええーと――


「ニニヤ」

「何です、ヴィゴさん」


 アウラを見送っていたニニヤが、こちらへやってきた。


「ヴィオもいるから何とかなると思うけど、もしそれでも手に余るような敵が現れたり、非常事態になったら、ハクを使って対処しろ。いいな?」

「あ、ひょっとして、魔術師でわたしを選ばなかったのは――」

「んー、それもある」


 少数精鋭である以上、知識面で豊富なアウラを優先したってのもあるけど、白獄死書――ハクに命令できる立場なのは、俺とニニヤのみ。ヴィオをここに残したのと同じ理由で、切り札が偏らないように、という配慮だ。


「一日三回って制限はあるけど、遠慮なく使っていいからな。いざって時は使えよ」

「わかりました!」

「よし。……カイジン師匠、後は任せます!」

『心得た』


 ベスティアボディに憑依しているカイジン師匠は頷いた。もし、俺たちに何かあって帰れなかったら、申し訳ないがお任せする。アウラとルカ、リーダー格がこっちに偏ってしまったが、年長者で経験豊かな師匠がいれば、万が一の時は頼りにできる。


「ヴィゴ様、ご武運を」

「お気をつけて」


 イラとセラータが見送ってくれた。ファウナも頭を下げる。シィラは、ルカとユーニに何かしら言った後、俺に気づいて「ちゃんと帰ってこいよ!」と声を張り上げた。


「リーリエ」

「ここにいるし」


 俺の右肩にしがみつく、フェアリーさん。いざという時は、彼女は転移魔法で伝令を務める。


「ようし、ダイ様。……出発だ」

「うむ、行くぞぉぃ!」


 ダークバードは飛び立つ。俺たちを乗せたダークバードを先頭に、カメリアさん&アウラ組、ルカ&ユーニ組、そして闇鳥に化けたスライムのゴムがついてくる。


 セッテの町を出て、平原を低空で滑空。そしてコーシャ湖に出る。まるで谷の上を飛んでいるかのように深く、水のないコーシャ湖。一気に高度が上がったような錯覚をおぼえる。


「底の穴じゃないんだな?」

「ああ、川の方の穴だ」


 こっちのほうが広そうだからな。ダークバードで乗り込む以上、いざという時の回避機動ができそうな方を選んだ。……まあ、先がどうなっているかわからないので、案外、闇鳥が通過できる範囲は狭いかもしれないけど。


「……ああ、くそ。空気まで黄金色っぽく見えるぜ」


 瘴気がコーシャ湖一帯を覆っているようだ。この世にありながら、すでに地獄のような異界になりつつあるのではないか。


「リーリエ、大丈夫か?」

「平気平気」


 彼女も護符という名のお守りを下げている。……大きさのせいか肩掛けカバンみたいだけど。


 風を切り、ダークバードはコーシャ湖を横断。ターレ川の下にできた空洞へ突入する。


「洞窟は暗いものだと思ったのに、何か明るいな」

「黄金領域のせいだろう」


 ダイ様は首を傾けた。


「視界がぼやけた感じなのは、気味が悪いがな」

「ぼんやり光っているみたいだもんな」


 生ぬるい空気を引き裂き、ダークバードは飛行する。これだけ余裕があるってことは、やっぱ中は、相当広いな。


「この様子だと、この空洞は古くから存在していたようだ」

「そうなのか?」

「地層の雰囲気や形がな。たぶんコーシャ湖とは繋がっていなかったものが、何かの要因で壁が崩れて、繋がってしまったのだろう」

「何かって……?」

「さあな。だが何かのせいで空洞が繋がり、一定量の水がここを流れたようだ」


 空洞は、ターレ川の下に広がっているようで、飛行している感覚が、川を上から飛んでいた時と似ている気がした。まあ、見比べる目印もないから、全然違うところを進んでいる可能性もあるけど。


「結構でこぼこしているな」


 突起があったり、底の地形が岩山のようになっていたり、橋があったり――


「橋だと!?」


 いま、俺たちは、木の吊り橋の上を通過した。


「なんでこんな空洞に橋なんかある!?」

「ヴィゴ!」


 リーリエが俺の肩の上で、ある方向を指さした。何か黒いのが動いて……?


「黒きモノだぞ!」


 ダイ様が吼えるように叫んだ。岩場の上に何体かも黒い人型がいて、そいつらが弓を構える。


「おいおいおい……!」


 黒きモノが弓らしきものを構え、そして撃ってきた。


 ダイ様がダークバードに回避機動を取らせた。視界が動き、俺のそばをヒュンと矢をかすめる音がした。後方を見れば、ルカ、そしてカメリアさんが操るダークバードもそれぞれ回避と、お互い衝突しないように注意しながら飛んでいる。


「まさか待ち伏せされるとは……!」


 矢が飛び交う中、ダークバードはさらに奥へと飛ぶ。


「ここは、魔物の巣か!」


 どうする? この空洞、まだまだ先があるぞ。闇鳥はあっという間に飛び抜けてしまうから、いちいち降りて戦うわけにもいかない。


 どうする……? このまま進むしかないか!

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