第258話、水質検査


 セッテの町へ戻った俺たちは、さっそく報告会を開いた。


 まず、護符の効果について。黄金領域内でも汚染から身を守れたが、念のため、メントゥレ神官長の検診と、ハクの鑑定を使用。表面に出ていないだけで、実は汚染されていた――ということはなかったと、きちんと確認された。


 これはいい話。


 そして悪い話は、敵が、鳥型邪甲獣を使って黄金領域化を促す汚染岩柱を運ぼうとしたこと。これを活用すれば、俺たちの敵は奇襲的に黄金領域をばらまくことができる。


「他の領に飛ばれたら厄介ね」


 アウラはそう言った。それだけじゃないぞ。


「セッテの町に討伐軍が駐留した時にも、奴らは仕掛けてくるかもしれない。対策が整っていないところで岩柱を落とされたら、討伐軍は壊滅だ」


 これに対する備えが必要だ。だがその前に。


「全員、護符は必ず身につける。どうしても外さなければならない時があれば、その時は手の届く範囲に置いておくこと。これを徹底させる」


 いまこうして会議している間とか、お休みしている間に、黄金領域を使った奇襲をされたら、何もできないまま汚染にやられる。敵が空から来れば、あっという間だからな。


「ワタシたちはお守りがあるけど、討伐軍の対策も急務よね」


 アウラが指摘した。報告会に出ていたヴィオが口を開いた。


「討伐軍にも知らせるべきだと思う」

「それはそうだ」


 だけど、行軍している彼らに知らせたところで、到着までに黄金領域対策ができるかどうかわからない。


 むしろ、対抗不能と判断して、討伐軍が進軍を止めてしまう可能性もあった。現状、黄金領域に入れなければ、進むだけ意味がないし、そこを例の岩柱にやられたら、ただの自殺と変わらない。


「ダイ様のダークバードを貸す。ルカとヴィオは、討伐軍に行って、現在の領主町と黄金領域のことを知らせてくれるか?」

「うん」

「わかりました」


 ヴィオとルカは頷いた。討伐軍は、マルテディ領の軍がいて、全体の指揮官はヴィオの父オルカだ。そして同行する傭兵にはルカたちの一族、ドゥエーリ族がいる。お父さんたちに、知らせておきたいだろう。


 ダイ様が言った。


「我が制御しなくても、ダークバードは問題ないな?」

「大丈夫ですよ。任せてください」


 ルカが胸を叩けば、ヴィオが頼もしそうに彼女を見る。


「僕はあの鳥を操れないから、よろしくルカ」


 うん、じゃ、討伐軍への報告はふたりに任せるとして、次の問題。


 黄金領域に接しているターレ川の水の汚染について。これはとりあえず、水を採集してきて、魔法的分析と鑑定の二種類の方法で確かめることになった。


 さらに問題点の確認。敵が再び鳥型邪甲獣を使った襲撃や黄金領域を使った攻撃を仕掛けてきた時の対策、迎撃プラン。討伐軍用の黄金領域対策としての魔法薬の製造と量産などなど。


「魔法薬については、一応歩く辞書のおかげでできたわよ」


 ラウネが言えば、ハクが苦笑した。


「辞書は酷いなぁ。汚染対策結界を発動させるポーションの作り方を教えただけだよ」

「普通、汚染対策用の結界なんて、ピンポイントに出てこないっての! 経験者じゃなきゃね」

「その経験者なんだけどな……」


 ハクは目を閉じた。へぇ、経験者なのか。だから俺たちが黄金領域を初めてみた時も、リベルタ全員が、瘴気内でも無害で活動できる方法は提示できるって言ってたのか。


「経験者がいてくれるのはありがたい。さすが大抵のことはできる魔術師」

「褒めても何も出ないよ」


 手をヒラヒラさせるハク。俺は、ラウネへと視線をズラした。


「それで、ポーションの効果のほどは?」

「ハク曰く、飲めば一日は大丈夫らしいわよ。黄金領域に入るなら、一日一本結界ポーションを飲めば、護符などなくてもいいらしいわ」


 ただし――と、アウラの分身であるドリアードの錬金術師は言った。


「問題は量産ね。ワタシらは護符があるからいいけど、討伐軍全体に行き渡らせる量を作るなんて、ワタシには無理。ぶっちゃけ材料を供給するだけで日が暮れるわ」


 聞けば、結界ポーションの素材自体は、ラウネのドリアード能力で、種から生成して成長、収穫までできるという。だが個人でやれる量など高がしれている。


「ポーション作りは、討伐軍にも薬師とか神官もいるでしょうから、そいつらに丸投げするとしても……素材よね。まさかここにきて大規模栽培とか」


 はぁ、と大きなため息をつくラウネ。ルカが恐る恐るという感じで手を挙げた。


「討伐軍の人たちに栽培してもらう、というのは……」

「そりゃ、畑を作らせるのはいいけど……普通に栽培していたら、収穫まで時間がかかり過ぎる。ドリアードの成長速度促進を使えば、ある程度は間に合うでしょうけど……それってつまり、ワタシが朝から晩まで畑の面倒を見なけりゃいけないってことじゃん」

「まあ、そこも討伐軍と相談だな」


 俺はヴィオへ向いた。


「マルテディ侯爵に、その件も話しておいてくれ。レシピさえわかれば、討伐軍の方で何とかできるかもしれない。量についても、討伐軍全員が領主町まで行くとは限らないし」

「セッテの町の警備とか、街道確保とかあるもんね」


 ヴィオは、ラウネに頷いた。


「黄金領域に突入するのも数日じゃなくて、一日だけで終わらせるとか……。やり方次第で必要量も変わってくると思う」

「それを聞いて、少し肩の力が抜けたわ」


 ラウネは控えめに笑った。


 そうとも、何から何まで俺たちだけで解決しなくてはいけないわけじゃないんだ。俺たちは、やれる範囲のことを精一杯やればいい。



  ・  ・  ・



 さて、説明会の後、ターレ川の水を流れを受け入れているコーシャ湖に、シィラ、ネム、セラータ、ファウナ、リーリエが出かけた。


 彼女たちは湖の水を採集し、それをセッテの町――俺たちの拠点である聖堂に持ち帰った。


「見た目はただの水だ」


 シィラは腕を組んで言った。ファウナが、透明な瓶に入ったそれを、アウラとラウネ、そしてハクに提出した。


「何かおかしなこととか?」

「……湖の水位が少し下がっていました」


 ファウナは淡々と報告した。ネムが手を挙げる。


「でもお魚さんは、元気だったよ!」

「そうそう、見たところ、とくに汚染されていた様子もなかった!」


 リーリエもブンブンと手を振って言った。つまり、水が汚れているわけでも、魚なども影響を受けていない、と……?


「どうだ?」

「んー、ただの水だね」


 ハクの目が淡く光る。鑑定の魔法を使っているのだ。


「異常なし。飲んでも問題ないよ」


 そうですか。それはよかった……でいいんだろうか。まあ、汚染されているよりはいいけどさ。

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