第250話、黄金汚染
領主町が、城が、汚染精霊樹が、黄金に鈍く輝いている。その光を浴びて、川もどこか濁ったような色をしている。
町の周りの平原も、岩も、木も黄金色に染まっていて、その異様な色合いは違和感しかなかった。
淀んだ空気。黒い蒸気のような不気味な気配が立ち上っているのを感じて、鳥肌が立った。霧とは違うが、瘴気ってやつか……?
「おとぎ話には、黄金郷って何から何まで金でできている都があるって話もあるけど……」
俺は思わず首を横に振った。
「そんなありがたいものじゃないってのは、わかる」
「よかった、お主はまともだよ」
ダイ様は言った。
「あの黄金を目にして、我が物にせんと駆け寄り、自ら汚染に蝕まれていく……。人というのは業が深いからな」
「そりゃ、まあ何も知らなければ、黄金郷だって駆け寄るのはわかる」
それでちょっとくらい黄金を持ち帰っても罰は当たらないだろう、って……。あれだけたくさんの金を目の前にして、胸が弾んでさ……。でも、あそこに踏み入れた時点で駄目なんだよなぁ、きっと。
人様の墓を荒らしたら取り憑かれる、ってやつだな。
「ダイ様、あれは結局何なんだ?」
「ふむ……汚染精霊樹の仕業、なのだろうな」
確信が持てないのか、考えながら話すダイ様。
「あれだけ巨大化した精霊樹自体、異常なことなのだ。それが邪悪なものに汚染されたら、何が起こってもおかしくないとは思っておったが……」
『対策もなく近づくと、無事には済まんじゃろう』
オラクルセイバーが発言した。俺の手に握られた神聖剣は、淡く光を放っている。
『汚染精霊樹の放つ瘴気を取り入れたら、目の前の光景のようになるじゃろう。魔物に変異するか、あるいは黄金に変えられてしまうか』
「魔物とか金に変えられるのは、嫌だな……」
本音が出る。ダイ様が思い出したように言った。
「そういえば、地獄の大悪魔に黄金が好きすぎるヤツがおってな、黄金館に住み、金銀財宝を愛でておるという。そして金に吊られて寄ってきた者に金を布教し、その虜にすることで奴隷にして、さらに黄金を集めさせたとか」
「嫌な悪魔」
いや、まさしく悪の権化である大悪魔らしいというべきか。
「ここは、その悪魔の理想郷ってか?」
『むしろ、その大悪魔の力ではないのか、姉君よ』
オラクルが指摘した。ダイ様は頷く。
「うむ。もしかしたら、悪魔召喚を行い、精霊樹を汚染したのも、それが原因かもしれんなぁ」
悪魔召喚……。ファウナが使う精霊召喚とか降霊術みたいなものだろうか。本当にそうなのかはわからないが、もしそうなら、ラーメ領を滅茶苦茶にした帝国の者たちは、悪魔を呼び出したってことになるのか。
「この汚染を取り除くにはどうすればいいんだ?」
『浄化じゃろう。わらわなどの聖剣の力で汚染を祓うのじゃ』
神聖剣は光った。ダイ様も視線を向ける。
「だろうな。だがあの精霊樹を倒すなり排除せんと、延々と汚染瘴気は出続ける」
まずはあの精霊樹をどうにかする。それから汚染を浄化していく、という流れになるようだ。
「あの一帯に行けるのって、神聖剣を持つ俺だけか?」
黄金の町や黄金の平原などが無人だって言うなら、討伐軍が来る前にさっさと排除に向かうんだけど……。黄金の城と化したカパルビヨ城の上空とか、黒い大きな鳥なのか魔物なのかわからないが、飛んでいるんだが。
邪甲獣とか、帝国の連中とか、あの一帯でどうなっているのかもわからないけど、何らかの対策をしているのなら、さすがに単身で乗り込むのはキツい。
「聖剣を持っている小娘は問題ないだろ」
ダイ様は、さほど考えるでもなく答えた。ヴィオのことを小娘って言うの、やめてあげなよ。
「あのエルフ巫女も、結界くらい張れるだろう。神聖系の保護魔法が使える者も、魔法の効果時間内なら大丈夫じゃないのか?」
よかった。一応、聖剣以外にも瘴気への対抗策はあるようだ。……まあ、そりゃそうかもしれない。何らかの防御策がなければ、帝国の連中も無事では済まないだろうし。
「とはいえ、一度、アウラにも相談したほうがよいだろうな」
ダイ様は言った。
「リベルタの面々がどこまで使えるか、実際我にもわからん。あの魔女が対策を立てられるならよいが、最悪、お主とヴィオだけで行く羽目になるかもしれん」
「……やれとなったら、そうするしかないんだろうけど、できればそれは勘弁して欲しいな」
渇いた笑いしか出ないわ。……方法がなければ、本当にそうなるかもしれないってさ。
『主様よ、具合はどうじゃ?』
「何がだ、オラクル?」
『いや、わらわの加護で、悪しき瘴気は祓うておるが……。どうじゃ?」
「プレッシャーというか、何か重苦しいのは感じてる」
そういや、もう俺ら汚染瘴気の中にいるんだっけ?
「言われたら、何か肌がモゾモゾするような」
「あ、それは気のせいだろ」
ダイ様が鼻で笑う。
「言われたら、その気になってしまうというアレだ。大丈夫、やばいなら見てわかる程度に体に変化が出ているはずだからな」
確かにな。思い込みの力って、案外馬鹿にできないもんな。
「いざとなったら、あのキザったらしい魔術本にお願いでもしたらどうだ? 彼奴なら、大抵のことはできてしまうんだろ?」
「ハクか」
あいつに相談するのは、本気でありだな。古代の伝説の魔術師の片割れっていうなら、いい知恵を持っているかもしれない。普通に汚染対策とか、あるいは精霊樹の排除とか――
『おいおい、ヴィゴ。大抵のことができるって、何でもできるわけじゃないんだよ』
ハクの声が、頭の中に響いた。これって、魔力念話ってやつか……?
『全部見てたよ。オレを頼ってくれるのは嬉しいけど、物事っていうのはそうそう都合よくできるものじゃない。過剰な期待はしないでくれよ』
全部見聞きしていたなら、説明の手間が省けるな。
『まあね。でもまあ、リベルタの全員が、瘴気内でも無害で活動できるくらいの方法は、提示できると思うよ』
思っただけで、ハクに伝わった! それはともかくとして、その言葉だけでも、だいぶ気分が軽くなった。
一時はどうなるかと思ったが、対策が取れるならやりようがあるってもんだ。
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