第247話、空き巣退治


 セッテの町を震動が襲った。ズゥン、ズゥン、と聞こえてくるのは大きな足音。瓦礫から小石がパラパラと落ちて、何事かと町に潜んでいたゴブリンたちが、外へと顔を出す。


 咆哮。


 町の上を白銀のドラゴンが飛び抜ける。地上に存在する生き物の中で、最強格の存在が小さな町へと飛来した。


 それと同時に、町の西側入り口から黒、紫、そして炎の赤をまとう巨大なドラゴンが例の地響きを響かせて入ってきた。飛んでいる白銀竜よりも一回り以上大きな巨体。近づくだけで、熱波を感じそうな地獄竜が、競うように声を轟かせた。


 そして、神聖竜と地獄竜は、ほぼ同時に口腔に光りを宿らせると、次の瞬間、吐き出した。


 青白い光と、灼熱のブレス。瓦礫の町を薙ぎ払うように、放たれた二つのブレスは、そこにあった廃墟を破壊し、あるいは燃やし溶かした。


 派手な爆発が起きる。飛び散る建物だったものの欠片。ドラゴンのブレスは、ほんの一部に着弾しただけだが、レヴィアタン・ミウィニュアの攻撃が町を襲った時と同等の被害を与えた。


 これに潜んでいたゴブリンたちは泡を食ったようだ。


 ドラゴンが町を襲っている、そう考えた彼らは、慌てて潜んでいた建物の残骸を飛び出し、町から逃げようとした。


 それだけ地獄竜――ダークインフェルノドラゴンの威容は衝撃的であり、空を飛ぶ神聖竜――ディバインドラゴンは、存在だけでゴブリンたちを威圧した。


「――ほらほら、引きこもっていたら、駄目ですよ……!」


 スコープを覗き込んでいたイラは、長銃の引き金を引いた。放たれた銃弾は、民家の二階の窓から、ドラゴンを見上げつつ動かないゴブリンの顔面を吹き飛ばした。


 西側外壁の上に、陣取るメイド狙撃手は、ライフルを保持したまま次の標的を探す。大通りに出ているゴブリンは撃たない。廃墟が乱立するため、狙える範囲は限られているが、屋根の上や、むき出しの二階などにいる個体を見つけると、狙撃していく。


 ゴブリンは小狡い。逃げるより、やり過ごしを狙っている敵を射殺するのだ。


「ヴィゴ様も、面白いことを考える」


 イラは思わず呟いた。


 ダイ様とオラクル、魔竜剣と神聖剣の竜化を使って、臆病なゴブリンたちを町から追い出す、なんて。


 そう、ゴブリンは臆病だ。単にゴブリンと呼ばれる魔物は、小柄で非力。成人していても、人間の子供程度の力しかない。女性でも、少し戦いの心得があれば軽く相手ができる程度だ。これがホブゴブリンなどの上位種になると話は変わってくるが……。


 基本、狡賢さと数で、抵抗してくるゴブリンである。だがそれすらもかなわない圧倒的強者が現れた場合、ヤツらは逃げるのである。


 ドラゴンなどは、もっともわかりやすい例だろう。ゴブリンでなくても、大抵の生物は危険を察知して逃げる。つまり、ゴブリンも例外ではない。


 町に潜むゴブリンを殲滅せんめつするのは、普通ならば実に厄介かつ面倒だ。障害物が多い地形は、小柄なゴブリンの得意とするところだからだ。


 だから、最初にドラゴンを町に放つことで、ゴブリンの生存本能を刺激した。待ち伏せで対処できない存在をぶつけることで、彼らに逃げるという選択肢を選ばせたのだ。


 ブレスで町を攻撃したのも、潜伏の選択肢を消すためだ。隠れても建物ごと吹き飛ばされるとなれば、逃げるしかない。


 哀れゴブリンたちは、わらわらと大通りへと出て、町の東側へと逃げた。西側には、巨大な地獄竜がいたからだ。


「……けっこうな数がいた」


 イラは、スコープで逃げるゴブリンたちの背中を見る。町に潜んでいたゴブリンの数は軽く数十にも達していた。まだ隠れている個体もいるだろうから、実に百体近くこの町にいたのではないか?


 もはや形すら残っていない東門を抜けて、町の外へと逃亡する数十ものゴブリン。ドラゴンから1秒でも早く、一歩でも遠くへ。息を切らし、時にすっ転びながら、汗水振りまいて走る。


「あー、もっと広がらないと……」


 思わずイラは呟いた。一カ所にまとまって逃げたら――


 神聖竜が翼を羽ばたかせ、グンと加速。あっという間に、町の外へ出て、ディバインブレスを逃亡ゴブリンたちに浴びせた。


 大地をえぐり、直接浴びたゴブリンを蒸発させ、爆発、そして衝撃波が直撃を浴びなかったゴブリンを、落ち葉のように吹き飛ばした。


「一網打尽なんですよね」


 町の外、すなわち平地は、ドラゴンのブレスがもっとも効果を発揮する場所。重装備の軍隊ですら、平地ではドラゴンに一吹きで壊滅させられる。ゴブリンたちは、自ら死地へと飛び込んでしまい、当然のように撃滅されてしまったのである。



  ・  ・  ・



 ダイ様も、オラクルも楽しそうだな。


 俺はのんびりと、魔竜剣と神聖剣の活躍を見上げた。イラが高所にいて、同じく高いところにいるゴブリンを狙い撃っている。


 こちらも掃討にかかろうか。


 面倒ではあるが、複数人のグループに分かれて、各建物の捜索である。ドラゴンに恐れをなして、結構な数のゴブリンが逃げ出したが、中には外に出るのが怖くて潜伏を選んだヤツもいるだろう。


 天敵がいると、哀れみを呼ぶほど臆病に震えるゴブリンだが、それがなくなると途端に本性を露わにするのが一般的ゴブリンだ。


 下手に同情するものじゃない、というのは、ゴブリンのことを的確に表していると思う。


 正直、手が足りないが、そこはファウナの召喚魔法と、ゴムの分裂体たちに期待する。


 俺たちリベルタは、セッテの町の敵対存在の排除と掃討を行った。


 ほとんどの建物が空っぽだったが、予想通り、隠れているゴブリンもいた。


 だが、複数でひとりを襲うゴブリンも、逃げたヤツが多かった影響で、逆に単体で、複数人のいるリベルタ側捜索班を相手にしないといけなかった。


 当然、個体能力で劣り、仲間がいない、ろくな待ち伏せもできないとなれば、あっけなく掃討されていった。


 少し驚いたのは、ゴブリンたちが、本気でセッテの町の廃墟を自分たちのテリトリーにしようとしていたことだ。


 俺たちは西側から町に入ったが、大通りには木製の防御用の馬止め柵が作られていて、建物にも通りを射撃できるような射撃コーナーが作られていた。


 ……まあ、柵はダイ様ことインフェルノドラゴンが踏みつぶしてしまったし、射撃コーナーも、高い位置からは丸見えになっていたから、イラやユーニにとって狙撃しやすかったけど。あれは、下からは狙い難いようになってるけど、上からはほぼ剥き出しだもんな。 まともに突入したら、あるいは討伐軍がやってきた時だったら、セッテの町がゴブリンの砦として牙を剥いてきただろう。


 何にせよ、セッテの町は、空き巣野郎であるゴブリンから取り戻されたのだった。

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