第244話、戦の儀式
俺とクレハさんの模擬戦は、周囲に大きな驚きを与えた。
ドゥエーリ族の女たち曰く、『無敗のクレハが負けた』というのが殊更ショックだったようだ。
うん、引き分けじゃなく、俺の勝ちらしい。カイジン師匠がそういうのだからそうなのだろう。最後は持てるスキル付きの俺の手で掴んでいたわけで。
ナサキさん曰く。
「あんなクレハは見たことがない。あれが彼女の本気だったのか……」
普段から一緒にいる人たちでさえ、あのクレハさんは見たことがなかったらしい。俺もこれまで戦った相手を思い出してみても、かなり異質なものを感じた。目力というか、殺意というか、狂気というか……。
模擬戦を見ていたドゥエーリの若き女戦士たちは、『凄い』『見えなかった』『クレハ母さんが負けるなんて』などなど、一様に信じられないというので共通していた。
何故か、ルカとシィラは拗ねていた。
「私だって、お母さんの本気見たことなかったのに……」
「あたしより先に、クレハ母様に勝つなんて」
……お前ら、俺がクレハさんに負けると確信していたってこと? そりゃ強いってのは聞いていたし、やる前から必ず勝てるなんて確信はなかったけどさ……。
その騒動の原因であるクレハさんは、カイジン師匠から怒られていた。そんな姿を見るのも、ドゥエーリ族の人たちは初めてらしく、『さすが、クレハさんのお父様』などと感心していた。
お説教がひと通り済んだ後のクレハさんは、戦う前の温厚そうな、可憐な人に戻っていた。
「ヴィゴ君、強いね。私も本気になっちゃった」
「クレハさん、強かったです」
カイジン流剣術を引き継いでいなかったら、たぶん俺、勝てなかった。動けたのも、反応できたのも、そのおかげだ。
「ヴィゴ君、結婚しよう」
「はい!?」
「!?」
これには、俺だけじゃなくて、周りも驚いた。しかしクレハさんは。
「まあ、さすがに娘たちの前だから、身を引きますけどね。……結婚していなかったら、本気だったかもしれない」
「お母さん!」
ルカがお怒りを表明した。クレハさんも「結婚していなかったらの話」と、冗談めかしていたが……それだったら本気だったということ?
「あーあー、ルカもシィラちゃんも、いいなぁ」
割と本気で残念がっていません? いやまあ、複数の妻、複数の夫を持つパターンは、この辺りの国じゃ合法だ。ロンキドさんも、ボークスメルチ氏も3人奥様がいるわけで、旦那さんがいいなら、クレハさんもまだ結婚するのも法的には問題はない。……そうなんだけど、さすがにルカやシィラがいる前で、それはねぇ。
・ ・ ・
夕方、ルカとシィラは、クレハさん、ナサキさん、コスカさんらと、ドゥエーリ族の伝統文化である戦の儀式をやった。
戦いに赴く戦士たちに戦神の加護を、というものらしい。
ルカ、シィラの他、三女という扱いであるユーニも儀式に参加していた。あと、何故か知らないが俺も呼ばれた。
「本来は族長がやるものだけれど」
クレハさんは真面目な顔で言う。
「何故か、純粋なドゥエーリ族であるコスカちゃんが役割を振ってきたので、私が務めます」
クレハさんとナサキさんは、余所からきた人。一方コスカさんは、ドゥエーリ族の両親から生まれた、集落生まれなのだそうだ。
「イクサ神のご加護があらんことを」
儀式の進行役であるクレハさんは、天に祈る。そして振り返ると、膝をついているルカとシィラ、そしてユーニの頭の上で、自身の持っていたペンダントを振った。まるで見えない粉でもふりかけているように。
「ドーチの魂が、あなた達を守ってくれます」
3人は深々と頭を下げた。俺はそれを静かに見守る。
戦の儀式というから、士気を昂揚させるようなものかと思ったが、とても厳かで重々しかった。……どこか、葬式のようなものを感じた。
と、そこで俺が呼ばれた。わけがわからないまま行くと、3人と同じように、頭の上に何か見えないものを振りかけられた。
「ヴィゴ君にもドーチの加護を。この場にいなくても、その魂は私たちと共にある」
よくわからないが、ルカたちがしたように、俺も頭を下げる。何かありがたいものなんだろう。
神様とか、そのドーチとかが、俺たちを守ってくれるよ……。
儀式が終わると、ルカとシィラがやってきた。
「付き合ってくれて、ありがとうな、ヴィゴ」
「ありがとうございました、ヴィゴさん」
「まあ、呼ばれたからな」
何というかしんみりしちゃってるんだけど、何なんだろうなこれ。
「この儀式のこと、聞いてもいいか? ドゥエーリ族の風習には詳しくないからさ」
戦に赴く前の、戦士の無事を祈る儀式というのはわかるんだけど。
「ドーチというのは?」
「『娘』という意味だ」
シィラが答えた。
「あたしも、ルカも、ユーニも、ドーチだ」
ユーニが頷く。
「今回の祈りに出たドーチというのは、ルカ姉の妹のことです」
ルカの妹? シィラ? それとユーニ?
「違います。私たちには、もうひとり妹がいたんです」
ルカが、わずかに俯いた。シィラが頭をかいた。
「クレハ母様の二人目の子だったんだが、生まれた直後、名付けの前に息を引き取ったんだ」
……知らなかった。ルカにとって、シィラとユーニは母親の違う姉妹だが、直接血の繋がった妹もいたのか。
「名付けの前の死亡ですから、ただドーチと呼ばれていますが、本来はそこは娘ではなく名前が呼ばれるところです」
ユーニが解説した。そうなのか……。
「あのペンダントみたいなのは?」
「遺灰の一部が入っているんだ」
「私たちドゥエーリ族は亡くなれば火葬されます。固定のお墓はありません」
遊牧民のように、時によって住む場所が変わるから、墓地はないのだという。
なるほど、何となく葬式っぽいと感じたのはこれが原因か。
「よかったのか? 部外者の俺が参列して」
「もう部外者じゃないだろ」
シィラは視線を逸らした。
「あたしらとは家族みたいなものだ」
ご家族も、俺とルカ、シィラの関係を公認っぽい流れだったけど、もうすっかり一族に数えられているような。
ルカは静かな口調で言った。
「ヴィゴさんには、知っていてほしかったなって。私たちに、もうひとり妹がいたことを」
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