第242話、ドゥエーリ族の娘たち
「今朝はお楽しみでしたね」
「前も聞いたぞ、ダイ様」
「主様も隅に置けんのぅ」
「オラクルまで……」
俺は、それぞれ少女の姿をとっている魔竜剣と神聖剣から、まあ、からかわれていた。
お昼も近いということで、ドゥエーリ族集落の中央広場の端で、柔軟運動中。ドゥエーリの娘たちが、こちらを見かけると何故かはしゃいでいらっしゃる。キャッキャ言っているのは、悪い噂や陰口ではなさそうだけど……何だろうね。
「まあ、よかったじゃないか。眼福だったろう?」
ダイ様は俺の隣で、悪戯っ子のような顔を浮かべている。殴りたい、その笑顔。
「ルカとシィラ、ふたりの美女と寝屋を共にしたのじゃ。まさか何もなかったとは言わぬよなぁ?」
オラクルがダイ様の反対側から、ニヤニヤするのだ。昨日、ぶん投げたことを根に持っているのか?
「言うし、言わせてほしい。何もなかった」
「何もなかった~?」
ダイ様、わかっててそういうの、よくないよ。
「なあ、どう思うよ。半裸の美女が同じベッドに入ってきたらさ、そういうのも期待しちゃうもんだと思わね?」
俺は至極真顔で、ふたりに言った。
「でもさ、いざ起きたら、『おはようございます』って言ったあと、急に赤くなって、そそくさと服を着て、出て行くんだ」
寝る時は裸族で、当たり前のように肌をさらしているのに、起きたら何もないって意味がわからない。
「俺、嫌われてる?」
「嫌いな奴のベッドには入らないと思うぞ?」
ダイ様が、ポンと俺の肩に手を置く。オラクルも考え深げな顔になる。
「まあ、あと一歩の踏ん切りがつかぬというか、あの娘たちもあれでウイじゃからのぅ。あのナリで、生娘だ。初々しいではないか」
やっぱりいざ事に及ぼうとすると恥ずかしい、ということだろう。わかるよ、俺もその……そっちについては経験が、ね。
「いっそ主様の方から、ガバッと行ったらどうだ?」
「それって犯罪にならない?」
男の方からいきなり行くのは? ドゥエーリ族の人たちから袋叩きにされない?
「好いておるんじゃろが?」
「そりゃ……まあ。でもほら、好きだったら何をしてもいいってわけじゃないし」
ストーカーとか、好きだからそれで許されるわけではない。
「世知辛い世の中じゃのぅ」
「互いに好いているなら、問題ないだろ。まあ、時と場所は考えろよ」
ダイ様から、ありがたーい忠告。……そうなんだよなぁ。
・ ・ ・
集落がだいぶ浮ついている、と、ユーニは思った。
ルカ姉とシィラ姉が付き合っているとされる、魔剣使いにして聖剣使いのヴィゴ。ドゥエーリ族の中でも前々から噂は聞こえていた。シィラ姉などは、ヴィゴに会いに行くと宣言して集落を出たのだ。
だがこうしていざ実物が現れ、その力を目の当たりにしたドゥエーリ族の娘たちは、彼が噂以上の男だとわかり、興奮を隠せないようだった。
浮ついている。たるんでいる。それが何ともユーニを苛立たせた。
クレハ母様の鍛錬に参加した娘たちがいつも以上に熱心だった。普段なら喜ばしいことと受け入れるのだが、影響を与えたのが彼にあることが余計に苛立ちを募らせた。……ユーニは鍛錬好きだから、浮ついた動機が許せない性質なのだ。
思い出す。集落を襲ってきた魔王崇拝者の集団。その危機に駆けつけた時、彼はすでにひとりで――その時は、ヴィゴひとりではなかったのだが、ユーニには見えていなかった――崇拝者を相手どり、切り伏せていた。
さらに、敵のアジトへ報復した時も、魔王の眷属と思われる巨大な化け物の攻撃にさらされた時、彼は皆の前に出て、その攻撃を受け止め、跳ね返して返り討ちにしてしまった。
それだけでも驚きなのに、彼は目をやられたにもかかわらず、その後降ってきた化け物の巨大な死骸の破片も、すべて防いでしまった。ユーニは背筋がゾクゾクするほどの興奮と感動を覚えた。
圧倒的な力。とっさの状況で身を呈して、前に出られる勇気。これにドゥエーリ族の女たちはやられた。
男なんだから当たり前、などと考えている女は、ドゥエーリ族の大人にはいない。自分の命がなくなるかもとわかって、それでも危険にさらせる人間の勇敢さは、男女問わず賞賛に値する。口先だけでなく、実際に行動できる人こそ尊敬できる。
魔王崇拝者との件が片付き、集落へ戻ってから……いや、戻る前から、娘たちはヴィゴに憧れと好意を向け、それを隠そうとしなかった。
さすがにルカ姉とシィラ姉という、一族の女子の中でも最強格のふたりが目をつけている相手に、順番を守らない愚か者はいなかったが……。それがなかったら、今頃どうなっていたか。
高ぶりを抑えられなかった娘が、彼の寝屋を襲撃していたかもしれない。さすがにルカ姉とシィラ姉がいるベッドに突撃できる娘はいなかった。
何故、それを知っているか?
ヴィゴと姉たちがいる寝屋の前で、仁王立ちして不埒者がいないか見張っていたからだ。
いや、最初は疲れたから自分の天幕で寝ようと思ったのだが、どうにも彼の活躍ぶりが脳裏にちらついて眠れない。悶々と寝付けないなら、寝ずの番でもしたら眠くなるだろうと考え、頼まれてもいないのに見張り役を買って出たのである。
その結果、眠くなるどころか、余計にヴィゴという男のことを考えてしまい……さらに敬愛するルカ姉とシィラ姉が、人には言えないあんなことやこんなことをしているのではないかと妄想してしまい……鼻血が出た。
一生の不覚である。
そして昼になった。ヴィゴや姉たちが起き出す前に、人も多く出歩くようになったからユーニは天幕を離れ、自分の天幕に戻った。その後、顔を洗い、着替えた後、料理の支度をしていた母コスカのもとを訪れる。
昼ご飯を作る手伝いをしながら、つまみ食いをよくしているのがコスカという母である。クレハ母様とナサキ母様に比べると、どうにものんびり屋に見えてしまう。
だからこそ、自分はしっかりせねば、と思っているうちに、ユーニはかなり真面目な、お堅い性格に育った。
「ユーニちゃん、おはよう」
「おはようございます、コスカ母様」
「な、何? 物凄くよそよそしいけど……何か怒ってるぅ?」
まだ、そんなつまみ食いしていないったら、と的外れなことを言った母に、ユーニは切り出した。
「命の借りです」
「はぁ?」
「母様、私は、ルカ姉やシィラ姉のように、ヴィゴ殿のクランに入ろうと思います」
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