第241話、父と娘
ドゥエーリ族の集落へ戻る頃には、夜が明けた。
昨日の誘拐騒動から、ほとんど皆動いていたから、昼まで休息というか睡眠を取った。例によって、カイジン師匠とベスティア、ゴムが、集落警備に協力。今回はカメリアさんや、ヴィオのお付きの騎士のひとりもそれに加わった。
リベルタの他メンバーは、妖精の籠のセカンドホームへ戻り、俺は、クレハさんとナサキさんと今後の話を少ししてから休んだ。
ほとほと疲れていたから、セカンドホームではなく、ドゥエーリ族の用意してくれた天幕のベッドで寝た。
昼まで爆睡した――と思うのだが、何か寝苦しさを感じて起きたら……わぉ、ルカとシィラに挟まれていた。
同じベッドで3人じゃ、そりゃ狭いわな。ふたりとも寝る時は裸族なのか。俺はちゃんとアンダーウェアをつけたままだから、間違っても間違いは起きていないのはわかるが……これ、誰かに見られたら絶対勘違いされるだろうに。
父親であるボークスメルチ氏的には公認っぽかったけど、奥様方はどうなのか。クレハさんとナサキさん的には、こういう場面はアウトなのだろうか? それともあの人たちも……なのか?
集落へ帰るまでの、ドゥエーリ族の娘たちの反応を思い出すと……うん、お母さんたちも察しているだろうな、うん。
しかしまあ、よく寝ちゃって……。ルカもシィラも寝顔が可愛い。よっぽど疲れていたんだなぁ。
さて、どうしたものか。ほとんど密着しそうな感じだ。これベッドから出ようとしたら、ふたりか、どちらか起こしてしまうパターンか。動くとしたら、気をつけてやらないと、目覚められて、襲おうとしていると間違われそうなポーズになっている、とかありそう……。
そんな間の悪い時に限って、誰か来たりな……。ははっ。――ふう。
・ ・ ・
「あのぅ、お疲れさまです」
『ん? うむ』
カイジンは、声をかけてきた娘――それが本物の娘であるクレハだったことに、一瞬躊躇いをおぼえ、すぐに集落の入り口に向き直った。
娘には、自分のことは話していない。マシンドールであるベスティアボディに憑依していること――すなわち、自分が死んでゴーストになったことを。
誰か、口の軽い者が漏らしたか。苦い気持ちになりながら、素知らぬ顔を――西洋甲冑ゴーレムボディなのだから、それは容易い――通そうとするカイジン。そのすぐそばで、少女のようにしげしげと見上げてくるクレハ。
あれから十八、九年ほど経っても、まったく成長していないというか。相変わらず少女のように可憐な娘だと思うのは、親馬鹿だろうか。
いつまでもジッと見られるのは、マシンドールとしては問題ないが、ゴーストであるカイジンの方が落ち着かなかった。クレハは口をへの字に曲げて、じっと見上げてくる。
根負けしたほうが負け。わかっていても、こうなった時のクレハは意地でも折れない。
『何か?』
だから、カイジンは素知らぬフリを決め込みつつ聞くのだ。
「やっと口を開いてくれた」
クレハは、少し拗ねたような顔になる。
「それが十九年ぶりに会った実の娘に対する態度?」
『何のことだ?』
「お父さん!」
ぴしゃり、とクレハは言った。
「私が気づかないと思う?」
『何の話だ?』
「あー、とぼけるんだ。そうですか、いいですよーっだ。お父さん、意地っ張りだから」
――お前に言われたくない。
いったい誰に似たのか。カイジンは押し黙る。
「それで、知っていると思うけど、ルカは私の娘だから」
「……」
「可愛いでしょ。お父さんの孫よ」
――ああ、美しい娘に育った。
長身なのは、父親であるボークスメルチ譲りなのだろうが、淑やかは、今は亡き妻と重なるところがある。直接会ったことはないはずなのだが、おそらく娘であるクレハにその面が引き継がれ、そしてそれを見てルカも育ったのだろう。
――よき母になったのだろう。
娘であるクレハが母親というのは、カイジンの記憶の中では中々結びつかないものがある。だが昔から面倒見がよく、少々お節介なところがあった。
「まさか、まだ私の結婚の話を怒ってたりはしないわよね?」
『……』
「まあ、無事だったのならいいわ。でもこんな世の中ですもの。次にまた会えるかなんてわからないんだし、話はできるうちにしておくべきだと思うわよ」
お父さん、とクレハは言葉を投げかけた。つまらぬ意地を張っているのは自分のほうか、とカイジンは思った。だが今の境遇を含めて、どう話したものかと考えなくもない。
そもそも、一度もう『死んでいる』など。
「クレハ様!」
ドゥエーリ族の娘たちが集まってきた。皆、木剣や槍など武器を持っている。
「稽古をお願いします!」
「昼まで休んでいていいのよ?」
クレハがヤンワリ言うと、娘たちは首を横に振った。
「わたしは強くなりたいです!」
「私も!」
「あたしもっ!」
何とも熱心なことだ、とカイジンは他人事を決め込む。シレンツィオ村でも、少年時代のヴィゴやルースに剣を教えていた頃と重なった。
「みんな、気のせいかしら? いつもよりやる気じゃない?」
クレハが首を傾げる。普段とは違うらしい。
「はい! わたしも、ルカやシィラのように、ヴィゴ様のお嫁になりたいです!」
――……!
吹き出しこそしなかったが、カイジンは生前なら目を剥いていただろう。
「いや、あたしは、ヴィゴさんとは言わないけど、世の中にはああいう強い男もいるのなら、なおのこと修練を――」
別の娘は言った。どうやら、ドゥエーリの娘たちは、ヴィゴの活躍に何かしらの影響を受けたらしい。
クレハは両手をそれぞれ腰に当てた。
「なるほど。その熱意は大いに結構! ドゥエーリの女は、強くてナンボよ! そこで、今回は、あのヴィゴ君を育てた剣の師匠に特別に教えてもらいます!」
『!?』
「!?」
「何を隠そう、こちらの白銀の騎士は、私の父、偉大なる剣士カイジン。カイジン流剣術の達人にして、私より最強の男よ! さあ、この機会を逃す手はないわよ!」
『ま、待て――』
何をいきなり――困惑するカイジンに、クレハは悪戯っ子のようなニヤニヤ笑みを浮かべた。
「魔断刀『陽炎』を持ち歩いていて、正体を隠せるわけがないのよ、お父さん?」
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