第240話、後処理と、眼の治療


 ナサロークの大角から放たれた電撃の滝は、突然方向を変えた。まるで鏡に光が反射するように、ナサロークの胴体に跳ね返り、その分厚い外皮を焦がし、貫き、その巨大な体を爆砕した。


 周囲へ四散するナサロークの体。その飛散方向にいたアビム教団サッジヨ司祭は驚愕する。


「ば、馬鹿なァァァ! アアアァ!」


 飛んできた肉塊に潰され、魔王崇拝者の長は死亡した。



  ・  ・  ・



 あー、ちくしょう。目が痛ぇ……。


 足が地面についた。そのまま倒れずに何とか踏ん張る。あの大角の化け物は唐突に現れたように、唐突に吹っ飛んだ。


 視界がぼんやりしている。


「危ない!」


 シィラの声だったか。さらにダイ様の声。


『ヴィゴ、上から魔獣の頭が落ちてくるっ!』


 あー、あの化け物の。何か、ぼんやりしているけど、でかい塊と他にも細々とした断片がこっちにも降ってくるような。まだ夜なのに、何で見えるんだ? まあいいや、とりあえず、あれも落ちてきたところを持てば、ノーダメージだろ。


 降ってくるもの、全部持つ!


 そらこいそらこい……。? あれ、何か、落ちてこなくね?


「どういうことだ……?」


 シィラの声がした。


「止まってる……?」


 今度はルカの声。止まってるって、何が……?


「これはたまげたのぅ」


 オラクルの声がする。


「とうとう、主様は、直接触らずして、物を持ってしまったぞ」

「空気を持って、その力で落下物すべてを持っている、ということか」


 ダイ様が語り出した。


「これは、どちらかというと持てるスキルを用いた風の魔法のほうが近いのではないか?」

「浮遊の魔法ということかや?」

「ふむ。ヴィゴは触らずとも、物を持つと念じれば引き寄せることができる。あれを応用して持てるスキルが増幅した結果、この始末よ」


 物を引き寄せる……。確かに、王城での騒動の時に、投げた魔剣を手元に引き寄せたりしたけど。え、なに? 今、俺、落下物を持っているってこと?


 それでさっきから落ちてこないのか、なるほどね……。


「凄いです、ヴィゴさん!」


 ルカの嬉しそうな声が聞こえた。何か駆け寄ってくるような気配を感じるぞ。そのまま突っ込んでこないでね――っと!


「凄いぞ、ヴィゴ!」


 右から当たられた、と思ったら、左からも当たられて、倒れずに済んだ。この感じは右がルカ、左がシィラかな?



  ・  ・  ・



「いやはや、まったく貴方には驚かされてばかりだ」


 メントゥレが苦笑したようだった。


「……どうですか? 見えますか、ヴィゴ殿」

「ああ、さっきより……見える」


 まだ少しだけぼんやりしているが、大体のところは見えるようになった。さすが聖教会の神官長殿だ。上級の回復魔法、よく効くぜ。


「ニニヤさん、治癒魔法をお願いします」

「わかりました、メントゥレさん」


 メントゥレに代わり、ニニヤが治癒魔法を使う。ちなみに、俺の周りではファウナが呼び出した妖精たちの力で、さらに回復効果が高まっていた。


「貴方は運がよかった、ヴィゴ殿」


 メントゥレは肩をすくめた。


「目の治癒は魔法でも難しい。あんな間近で光を見てしまって、下手したら失明ですよ」


 それでなくても、ぼやけて見えないまま回復できないこともあるという。……まあ、しょうがないよ。持てるスキルで受け止めるのに、見ないわけにもいかないし。


「ハク殿がいてくれたことも」


 今回の目の治療にあたって、白獄死書ことハクの助言が、俺の視力回復に大いに役に立った。


「なに、これもオレにできる大抵のことのひとつだよ」


 ハクは殊勝な雰囲気をまとう。メントゥレは首を振る。


「治癒魔法の組み合わせ、いや掛け合わせというのでしょうか。普通は、どれかひとつをやって、それぞれ駄目だったら、もう無理ですって言うところなんでしょうが」


 ファウナの召喚術で治癒効果を高め、ディーの治癒術で、俺の目元に触れての魔力的刺激。そしてメントゥレの上級治癒魔法とニニヤのサポート。このひと繋ぎの治療の効果と言える。


「でもまあ、本当はもっと簡単な方法があったんだけどね」


 ハクは、俺のそばに座り込み、囁くように言った。


「簡単?」

「そう。ドラゴンオーブさ」


 竜の宝玉――所有する者に竜の力を与えると共に、願いを叶えるという。あー、なるほど。あれに魔力と引き換えに、視力回復を祈ればよかったのか。


「ま、世の中、そういう力に頼らなくて済むなら、それに越したことはないんだけどね。超常の力に頼りきりは良くないから」


 ハクはそう言った。心に留めておこう。


 魔王崇拝者たちとは、これで決着だな。


 連中がアジトに使っていた洞窟は、化け物の登場で完全に崩壊しちゃったし、ドゥエーリ族の女戦士たちが周りを捜索したが、生きている奴は確認できなかったらしい。


 化け物の四散した死骸については、ほぼ無事だった角付きの頭部も含めて、ダイ様の収納庫へ片付け済みだ。


「ヴィゴ君」

「あ、クレハさん」


 手当てが終わったのを見てとって、やってきたのはクレハさん。


「今回は、本当にお世話になりました。君がいなかったら、私たちはあの化け物に手も足も出ず、集落も失っていたでしょう。本当に、ありがとうございます」


 いえいえ……。持てるスキルと、皆さんのおかげです。


「全てが解決したので、改めて集落で歓迎の宴を開かせていただきます。いやほんと、ゴタゴタし過ぎていてごめんなさいね」


 ニッコニコのクレハさん。ナサキさんは穏やかな顔をしていらっしゃるし、コスカさんもニコニコ。あと、ドゥエーリ族の若い娘たちからの視線が、やたらと好意的というか熱っぽいのは、気のせい……だろうか?

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