第239話、ナサローク
魔王崇拝者たちのアジト前で、ドゥエーリ族の報復隊と崇拝者の使役する魔物たちが一進一退の攻防を続けている。
戦局を打破する手はないものかと、俺は考えていたのだが。
『むっ、この気配は――』
ダイ様が何かを感じ取り、オラクルも言った。
『何か大きな魔力が動いた!』
その瞬間、洞窟が崩れた。正確には屋根ともいうべき地面が、内側から吹き飛び、周囲に岩の塊や石を撒き散らしたのだ。
「危ない!」
アウラ、そしてラウネが防御魔法を展開して、俺たちや負傷者たちに岩が当たらないようにした。城攻め用の投石機が飛ばしそうな大岩まで降ってきたぞ……!
洞窟を崩してやろうか、なんて考えていたら、洞窟の方が先に崩れやがった。
直後に天へ轟くような咆哮が響き渡った。それは周囲を圧し、生き物すべてを射竦めるような竜の轟きのようだった。
前線で戦っていたドゥエーリ族の戦士たちも、オークやオーガでさえ、それに動きが止まる。
「……今度は何だ? ドラゴンか?」
自分でもあまり驚いていないことに、小さく驚く。が、俺としても、つい最近、レヴィアタンと戦ったばかりだから、今度は何だろうと眺めるくらいの心の余裕はあった。
が、ドラゴンではなかった。
「何だ、あれは……!?」
「地面から山が生えた……っ!?」
ヴィオが戸惑う中、アウラが目を細くしてそれを凝視する。
「違う、角よ、角!」
地面をその巨大な角で突き破りながら、出てきた巨大な魔獣。カバーンやメントゥレが絶句し、ネムが口をあんぐりと開けた。
「でっかい、イノシシぃ……!」
超巨大猪、というか猪に似た悪魔というか化け物というか。紫色の毒々しい肌を持つ一本角の化け物が再び、森中に怒号を響かせた。
高さ4、50メートルにもなる巨大なる化け物の出現は、魔王崇拝者の洞窟を完全に破壊した。戦闘どころではなくなり、クレハさんやルカたちも慌てて退避する。吹き飛ばした岩がバラバラと降ってくる。
……まずい。こっちはアウラたちの防御魔法があるけど、ルカたちのところにはそれがない。このままじゃ躱しきれないぞ。
そう思った途端、俺は前に出た。後ろからイラたちの俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。
ダッシュブーツ全開。細かな土や小石が飛来するのを肌で感じつつ、右手の魔竜剣を斜め上に向けての、46シー!
岩の塊が密集して降ってきそうな辺りを狙っての一撃。上空での爆発は、クレハさんやナサキさんたちに覆い被さるように迫っていた岩の雨を火球に飲み込み蒸発させた。
「ヴィゴさん!」
「ヴィゴ君!?」
ルカ、クレハさんの声が聞こえた気がしたが、ダッシュブーツで加速していたから、あっという間に通過してしまった。土砂や岩は吹き飛ばしたが、爆風が噴いてきて、周囲の砂埃を巻き上げる。
三度の咆哮が耳朶に響いた。見上げれば、角の化け物の悪魔の如き目がギラギラと光り、その角の先端が雷のような電気が集まり出す。
こいつ、電撃を放つ気かっ!?
・ ・ ・
魔王崇拝者集団であるアビム教団。かつて世界を混沌に陥れたという魔王を復活させようと活動している秘密組織だ。
その司祭、サッジヨは、ラーメ領における魔物騒動で王国が混乱に陥っている隙をつき、魔王の魂を現世に召喚しようと動いた。
地方の村や集落の人間を生け贄に、と思って活動したら、そこがかの有名な戦闘民族ドゥエーリ族の集落だったという不運があって、ウルラート王国で活動するアビム教団は壊滅的大損害を喫した。
これが普通の村や集落だったなら、計画はすべて上手くいっていたはずだ。王国の目を躱すため、拠点を転々としていたアビム教団は、かつての拠点であるトントの森にきた。そこで遊牧民と思われる集落があったので、意気揚々と行動したのだが……。
ドゥエーリ族と知っていれば、仕掛けることなどしなかった。
戦闘民族は、教団信徒を圧倒的な戦闘力で退け、このアジトにも報復にきた。もはや、これまで。
しかし、サッジヨは諦めの悪い男だった。どうせ死ぬならば、と、残っている信徒の魂を生け贄に使い、魔界の魔物を召喚することにしたのだ。
そしてその結果、呼び出されたのは、伝説の一角の魔獣ナサローク。巨大な角に、ドラゴンの鱗並みに強固な外皮を持つ、四足の魔獣である。
「フハハハハーっ! いいぞ、ナサローク! 目障りな虫ケラどもを踏み潰せぇい!」
サッジヨは歓喜する。自分が関わった召喚で、ここまで巨大なものは初めてだった。ナサロークが暴れ、それに巻き込まれて自分が死のうともまったく構わないと思った。
この巨大な魔獣は、トントの森を、ドゥエーリ族の集落も踏み潰し、さらなる破壊をもたらすだろう。これほどの巨大な生き物を倒すことなど、軍隊が当たったとしても無理ではないか。
ナサロークは気のむくままに破壊し、王都カルムでさえも蹂躙するかもしれない。そう思うだけで、魔王こそ復活できなかったが、サッジヨに自分の人生の終わりに幸福を感じさせた。
笑いが止まらなかった。ナサロークの巨大角に莫大な電気が収束し、いままさにドゥエーリ族を誅するのだ。
「ゆけぃ! ナサローク!」
滝の如く、巨大な雷が落ちた。それは逃げまどう戦士たちを焼き尽くし――
「……うぬっ!?」
サッジヨは目を疑った。極太の電撃が、地面より少し上で止まっている……? 地面に落ちて、いない?
・ ・ ・
『くおぉら! いきなり我を投げるな!』
『抗議するぞ、主様よ!』
あ? 何だって? 俺の視界は、まばゆいばかりの電撃一色で、正直、目も開けてられないんだが。
突き出された両手。当然、それまで持っていた魔竜剣と神聖剣は手放した。今、俺は角の化け物の放った電撃を持っているのだ。――魔法だって持てるのではないか、と、雷の魔法を頭の上で受け止めたのを思い出す。
そうとも。こんなの、あの時と一緒だ。
ジャンプして受けたのだが、体が重力に引かれて落ちそうになるのを感じた。地面につく前に、俺は両手で持った化け物の電撃を押し出す。
適当に、ろくに狙いもつけられないけど、食らえよ! 俺は化け物の電撃を押し返した。
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