第233話、崇拝者
「お前らは何者だと聞いている!」
シィラが怒鳴るが、蜘蛛の糸で動けない男は黙りを通している。カバーンが吼えた。
「テメェが、子供たちをさらったのか!? どうなんだ!」
「……」
「この野郎!」
カバーンが蹴りを入れた。呻く男。
「答えやがれ! ぶちのめすぞ!」
早く話せば楽になるんだろうけどな。一族の子供を誘拐されたとあって、シィラもカバーンも激怒状態。これ以上怒らせるとマジで命ないぞ。
……っと、他は連中はすでに死体なんだけど。俺が見回すと、イラとラウネが別の敵から仮面を剥がして、検分しているのに気づいた。
「これ、魔王崇拝者の入れ墨ですよね……?」
「そう思う」
何だって? 俺は、ふたりのもとへ行く。
「魔王崇拝者って言ったか?」
「この額の印――」
イラが説明した。
魔王を復活させようとしている信奉者たち。魔族とも人間とも、種族問わず存在するらしい。
かつて存在した魔王を信じ、その力に縋ろうとする……。
魔族がその王である魔王を甦らせようというのは、認めたくないがまだわかる。だがそれ以外の種族、特に人間に魔王を復活させようとする者たちがいる、というのがわからない。
「そういや、王都で暴れた連中も、魔王崇拝者の仕業にされたんだっけ?」
王都に発見されたそのアジトはしかし、ロンキドさんは偽装だろうと言っていた。例のラーメ領で暗躍しているらしいスヴェニーツ帝国の者たちでは、と思われている。
「それと、闇ドワーフ」
あれも昔、魔王を復活させようとしていた者たちだったという。
「で、今回のカラス仮面は、本物の魔王崇拝者ってことか。よく知ってるな、イラ」
「昔、見たことがありましたから……」
どこか遠くを見る目になるイラ。孤児院育ちで、子供の頃からあまりよろしくないものも見てきたらしい。
……いや、魔王崇拝者の件については、単に俺の勉強不足か。
ラウネが腕を組んだ。
「ここにその魔王崇拝者の一団がいて、ドゥエーリ族の子供をさらった。……何故?」
「ドゥエーリ族は関係ないかもしれないですよ」
イラは僅かに眉をひそめた。
「子供だから誘拐したのかも」
「何のために……」
「普通に考えれば、生贄に使うためでは? この手の魔王崇拝者の誘拐の目的なんて、魔王の復活か、何かを召喚する儀式でしょうし」
「詳しいわね」
「孤児院育ちなもので。……昔、それ絡みで、ひと騒動ありまして」
……あー、やっぱり子供の頃に接点があったか。
「もしかして、さらわれた?」
イラが、という意味で聞けば、彼女は首を横に振った。
「わたしは無事でしたが、孤児院にいた子が……」
気の毒に……。どんな顔をすればいいかわからない。そんな俺をよそに、イラは言った。
「とりあえず、子供たちの誘拐に魔王崇拝者が拘わっているとなれば、一刻も早く助け出さないと……。手遅れになります」
「だな」
俺たちは、蜘蛛の糸で身動きできない、崇拝者の生き残りを見た。シィラとカバーン、ネムが尋問しているが……。どうも上手く言っていない様子。
「ラウネ、何か知りたいことを聞き出せる魔法か何か知らないか?」
「そんな都合のいい魔法は、ワタシは使えないわ。まあ、自白剤を作れっていうなら、作るけど」
「作れるのか?」
「時間がかかる。いまから作れと言われれば作ってもいいけど、間に合わないかもしれないわよ」
「わたしが聞き出しましょうか?」
イラは、懐からホーリーダガーを出した。
「少々手荒になりますけど、たぶんお話してくれると思いますよ」
「うげ、笑顔なのが怖いわ」
ラウネが若干引いていた。イラが何をしようとしているのか、想像がついたのだろう。表情に騙されてはいけない。彼女は微笑みながら刺せる人間だ。
エグいのは、ちょっと勘弁してほしいんだよな……。時々聞こえる、殴打音もあまり気分のいいものじゃない。
「あー、あー、ハク。聞こえる?」
「呼んだかい、ヴィゴ」
白獄死書――古代の魔術本であるハクが、俺の呼びかけに応えて姿を現した。
「大抵のことができる伝説の魔術師さん。あそこで寝転がっている男から、欲しい情報を引き出せる魔法とかある?」
「ちなみに、何が知りたい?」
「連中に誘拐された子供たちの居場所」
俺が言えば、魔術本を持った青年姿のハクは微笑した。
「お安いご用さ」
「それはよかった。頼むわよ」
ラウネが挑むように言った。
「植物たちに聞いて追跡してもいいんだけど、翻訳が少々手間なのがね。正確性がイマイチ」
「ふーん……。まあ、任せてよ」
ハクは本を開くと、魔王崇拝者のもとまで行くと膝をついた。周りにいたシィラとカバーンが一歩下がった。
「さて、哀れなキミに、これから質問をする。ひとつか、あるいは複数かもしれない。いやなに、難しいことはない。頭に浮かんだことを口に出すだけでいい。……いいね?」
てっきり何か呪文でも唱えるかと思っていたんだが、普通にお喋りをする。これから、その魔法をかけるのかな? 俺やラウネは注目する。
「まず、キミたちが誘拐した子供たちがどこにいるか、知っているかな?」
……。え、魔法は? 俺たちは顔を見合わせる。崇拝者の男は、小さく頷いた。
「……知ってる。そう、それはよかった」
今の頷きって答えだった? もう、魔法を使った? 始まってる?
「単刀直入に聞く。その子供たちがいるか案内してくれる? ……そう、よかった。じゃあ、キミを地面に貼り付けている糸を解いてあげよう」
ポンポン話しが進んでいく。崇拝者の男は無言だがやたら素直に従っているし、明らかに何もしていないはずがない。
ハクは何かしたんだ。でも、いつ? どうやって? わからないが、伝説の魔術師、凄ぇ。
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