第232話、カラスの仕業?


 トントの森は、ウルラート王国でも有数の魔獣の多い森だという。そんな危険な場所を狩り場に選び、生活しているのが戦闘民族として知られるドゥエーリ族。


 行方不明になった子供の捜索に加わるべく、夜の森を行く俺たちだが――


「止まれ!」


 唐突に、黒魔女さんことラウネが声を出した。


「どうした?」

「こっち、子供たちがこのルートを逸れた」


 ラウネは俺たちが進む獣道とは、別の方向を指さした。先頭にいたカバーンが眉をひそめる。


「あー? ルーディとサシータのニオイはこっちから――」

「だったらテメェはそっち追ってろ。森の木がこっちって言ったら、こっちなんだよ!」


 ラウネが声を荒げた。おー、怖。アウラの素というか本性ってこんな感じなのかな。


「こっちなのか」


 俺が、ラウネの見ている方を見れば、黒魔女は頷いた。


「そっ、こっちだと、そこの木が言ってる」


 ドリアードとドラゴンブラッドの合成で生まれたラウネである。植物の声を聞くのが、もとのドリアードよりも数段強くなっているという。


「あと、もうひとつ報告。この行方不明、どうも誘拐みたい」

「何だって!?」


 俺より先に、シィラが声を上げた。


「誘拐って……さらわれた?」

「そっ。ここから突然、飛んでいるのよ。痕跡を追っていたんじゃ、わからないのも道理よ。どうも、魔法か何かでふたりはその場で浮かばされて、あっちへと浮遊で移動させられたみたい」

「魔法……浮遊」


 俺は、シィラへと視線を向けた。


「そのふたりって魔法は使える?」

「いいや」

「なら、誘拐で確定だな。自分たちじゃなきゃ、魔法なんて魔獣が使うわけがないしな。……何だと思う、ラウネ?」

「この辺りの木は、それを見ていない」


 茂みをかきわけ、獣道を逸れ移動するラウネ。


「ふたりの子供がフワフワと移動していくのと、この道をたどった人間たち以外はね。まあ、その人間たちっていうのは、子供たちを探すドゥエーリ族の女たちだと思うけど」

「とにかく、進んでいくしかないってことか」


 俺たちは、ラウネの案内に従い、浮遊移動させられた子供たちの痕跡を求めて、追跡する。


「……うーん」

「どうした、ラウネ?」

「ここの植物たちの翻訳がね……」


 黒魔女はうんざりしたような顔をする。


「こいつら、あまり人を見かけたことがないようで、人間の言葉に訳するのが難しいのよ。大まかにまとめると、『人間くらいの大きさのカラスが、子供を抱えているのを見た』らしいわ」

「カラス?」


 それはデカいカラスだな。リーリエが言った。


「カラスって手じゃなくて、翼でしょ? どうやって子供を抱えるのよ?」


 そりゃそうだ。どうなんだい、ラウネさん?


「そう、そこが翻訳の難しいところね。ワタシの推測も入るけど、たぶんカラスの面をした人間じゃないかと思う」

「お面をした人間?」

「ええ。犯人はおそらく黒いマントをしていて、それが翼のように見えたんでしょ。たぶん子供を脇にでも抱えて移動しているんだと思うわ」

「なるほどね。で、俺たちは、その子供たちを脇に抱えて逃げている犯人の後を追っているってわけだな」

「子供ふたりを抱えるなんて、相当力持ちですね」


 イラが発言した。確かにな。ひとり抱えるだけでも普通の人間でもしんどいだろうに。


「あ……」


 その時、ディーが立ち止まった。


「カバーン君、このニオイって……!」

「ああ? あ、サシータ……それにルーディのニオイだ!」


 解き放たれた猟犬の如く、カバーンが走り出した。行方不明の子たちのニオイを嗅ぎつけられるということは、この近くに?


「気をつけて――!」


 ディーが叫んだ時、それは現れた。


『キィィィェエエエエイィィ――!』


 耳障りな悲鳴のような声を上げて、黒い塊が複数、地面や茂みから飛び出してきた。とっさに魔剣と神聖剣を抜剣。槍で突いてきたそれを弾く!


「おいおい、ここで敵かよ……」

「カラス頭ー!」


 リーリエが叫んだ。なるほど、襲いかかってきた敵の頭、尖った嘴がついた仮面をつけてやがる。それで黒だからカラスって判断したんだな。


 このカラス仮面たちは、それぞれの武器を手に俺たちに挑んでくる。


「問答無用で攻撃してくるってことは――!」


 魔剣の一撃でカラス仮面の胴体を両断する。


「斬られても文句言いませんってことだよな!」

『斬られたら文句以前に何も言えんだろ』


 ダイ様がツッコム。オラクルが茶化す。


『グワー! くらいは言えるやもしれぬぞ』


 仲間たちを見れば、シィラがひとりを仕留め、イラもまたナイフで、カラス仮面の首を掻き切っていた。あれでメイドさんの格好なんだから怖いな。


 カバーンが敵の持つ短槍のリーチ差に苦戦していると、ラウネが手を翳した。


「ニードル!」


 鋭い木のトゲ――矢ほどもあるそれが、横合いからカラス仮面に突き刺さった。今ので全滅か?


「ヴィゴ様、敵をひとり、捕まえました!」


 セラータが報告した。見れば、アラクネの足元で、ジタバタもがいているカラス仮面がいた。どうやら飛ばした蜘蛛の糸に絡めとられたようだ。


「よくやった!」


 早速駆け寄る俺たち。どれ、こいつら何者だ? 


 シィラが膝をつくと、もがいている敵からカラスの仮面を剥ぎ取った。


「……お前は何者だ?」


 出てきたのは、男の顔。やや凶相ではあるが、これといって何か特徴は……あった。額に入れ墨をしている。いったい何だこりゃ?

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