第230話、奥様たち
ドゥエーリ集落で、子供がふたり、行方不明になっているらしい。
ルカとシィラが魔術本の試練を切り上げて戻ってきたのを確認し、俺たちリベルタは、集落へと入った。
族長の娘姉妹が先頭だったおかげで、集落からいきなり撃たれることはなかったが、近づくにつれて、重苦しい空気を感じた。
「ルカ姉! シィラ姉!」
集落の入り口にさしかかった時、ひとりの弓使いとおぼしき女性が駆けてきた。
「ユーニ!」
ルカが手を振った。誰……? 俺が首を捻ると、カバーンが答えた。
「ルカさんとシィラさんの妹のユーニです」
へえ、ふたりの妹なんだ……。
黒髪をポニーテールにした凜とした美少女だ。年齢は……えーと、シィラの妹なら、まだ成人の18ではないかもだけど、彼女もそこそこ長身だから18くらいには見えちゃうんだよな。少し幼い感じはするが。
「カバーンから聞きました! 戻ってこられたのですね」
「ユーニ、子供がふたり行方不明と聞いたが? 誰だ?」
シィラが挨拶もそこそこに切り出した。ユーニは頷いた。
「ルーディとサシータです。朝、森に出てから、戻っていないのです!」
「そんな!」
ルカが悲鳴じみた声を上げた。
「ふたりはまだ10歳! 朝出たら昼には戻っていないといけないのに!」
「そうです、ルカ姉。だから、皆で捜索に――」
大変なことになっているみたいだ……。
「ルカ。俺たちも、その子供たちを探そうか?」
俺が声をかければ、ユーニが向き直った。
「冒険者クランのリベルタの方々ですね。はじめまして、姉たちがお世話になっています。わたしはユーニと言います」
礼儀正しい子だ。
「ひとまず、中へ。そこで母様たちと話してください」
おう、何かするにしても、一応、族の偉い人たちに顔を見せて、話を通せ、ということだな。了解した。
「ルカ姉、母様たちのもとへ」
「わかったわ。あなたは……?」
「捜索隊に加わります。それでは、また後で」
ユーニは、数人の仲間たちと共に集落を出た。……本当に女ばかりだ。男たちは出払っているんだな。
集落の中央広場に進むと、さらにドゥエーリ族の集団がいた。武装した者も多く、騒ぎになっているのは一目瞭然だ。
「ルカ、シィラ!」
「お母さん!」
ルカが走り出した。お母さんということは、カイジン師匠の娘であるクレハさんか!
母娘の感動のハグ――なんだけど……。
俺はちょっと目を疑った。えっと……どっちがお母さんで、どっちが娘?
・ ・ ・
「私の母、クレハです」
「クレハです。娘がお世話になっています」
ぺこり、と非常に礼儀正しく頭を下げるクレハさん。赤みかかった長い髪。清楚な美少女な雰囲気なのだが、如何せん、ルカの隣に立つと、どうにも低身長なのが際立つ。
小柄な人だった。槍を持っているが、十代半ばのお嬢ちゃんのような感じだ。ルカが高身長だから、何も知らない人間が見たら勘違いしそうだ。
ちなみに、この場にはボークスメルチ氏の奥様たちが集合していて、シィラの母であるナサキさん、ユーニの母であるコスカさんもいた。
「君が噂のヴィゴか。娘が世話になっている」
ナサキさんは頷いた。褐色肌はしっかり娘に受け継がれている。シィラほどではないが、女性の平均を超える大柄な人だ。強そう……。
一方のコスカさんは黒髪ロングの、のほほんとした空気の人だった。ドゥエーリ族と言われてもピンとこない、何というか平和そうな感じ。……娘のユーニがキリリとした雰囲気だったのに、あまり似てないなというのが初対面の印象。
ルカとシィラの母親との再会もそこそこに、現状の確認。
行方不明になっているのはルーディとサシータ。年齢10歳と、完全に子供だ。森に狩りに出て、いまだ戻ってきていない。
「子供だけで、狩りに?」
「そんな珍しいことじゃない」
ナサキさんは言った。
「ドゥエーリ族の子供は、幼い頃から生き抜くために自らを鍛える。サバイバル、料理、狩り、そしてもちろん戦闘技術もだ」
でも――とクレハさん。
「本当は、もう少し年長がつくものだけれど……今回、というかここのところ、その手すきの年長がいなかったのよね」
傭兵として男たちが出払っている。成人近い子供も、見習いとして戦場に同行したために、集落は人手が不足気味ということだ。
「言伝をきちんとしないから~」
コスカさんが間延びした調子で言った。
「お昼になっていないから、そこで集落の外に出ていることがわかったのよね~。お昼食の時間にいないなんて、信じられない!」
何やら憤慨しているようだが、のほほんとした雰囲気のせいか可愛らしいコスカさん。
「ふたりの武器が無くなっているから、狩りに勝手に出たというのがわかったんだがな」
ナサキさんが目を閉じれば、クレハさんが笑顔で……怒っていた。
「ふたりを見つけたらお仕置きしなくちゃ!」
周囲にいた集落の女たちが、一歩下がった。同族の成人女性陣の中でおそらく一番低身長なのだが、身にまとう空気だけで周囲を萎縮させたようだった。ナサキさんが冷や汗をかいている。
「まずは見つかるかどうかが問題だ。もうじき日が暮れる。さすがに心配だ」
「俺たちも探すのを手伝いますよ」
俺が志願すれば、コスカさんは首を傾げた。
「気持ちは嬉しいが、シィラとルカはともかく、君らはここの森のことは知らないだろう? 夜の森は素人には危険だ」
「そうそう、ここの森、暗いんだよ~」
脅かすようにいうコスカさんであるが、口調のせいか緊張感があまり感じられない。
お二方が言うように、地理に詳しくない人間が夜に森に入るのは二重遭難の恐れもあるか。夜目がきく面々もいるが、見えるからいいとかそういう問題でもない。
「とりあえず、あなたたちは、今夜はここにいて」
クレハさんが俺たちを見上げた。
「せっかく来たところをもてなしてあげられないけれど、あなたたち冒険者がここにいてくれれば、集落に残す人手をより捜索に振り向けられるわ」
「大丈夫なのか、クレハ?」
「ルカとシィラもいるし、大丈夫よナサキちゃん。――そういうわけで、私たちの留守のあいだ、あなたたちは集落を守ってもらっていいかな?」
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