第227話、そんな動機で、大丈夫なわけがない


 ニニヤがSランク魔術師になった。


 王都図書館での出来事でクタクタになりつつ、帰宅した俺だけど、すぐに休めなかった。


「アニキ、お願いします! 弟子にしてください!」

「……お前がいたか」


 カバーン――ドゥエーリ族と共に育った獣人の少年。


「弟子にしてください! 弟子にしてください!」

「あー、うるさい。近所迷惑だから静かに」

「すいません、アニキ」


 カバーンは、しゅんとなった。10代後半くらいだとは見ていたが、間近で見ると、まだまだ子供っぽい。


「ドゥエーリ族の風習だか伝統だか知らないが、俺は今のところ弟子をとるつもりはないぞ」


 俺だってまだまだなのに、弟子なんかとったら、カイジン師匠に怒られてしまう。……怒られるのかな?


「俺に弟子は早いよ」

「なら、そばに――クランに入れてください! お願いします」


 必死な様子のカバーンである。俺に頭を下げている彼は見世物ではないのだが、あまりの懸命さに、通りかかったアウラとラウネがニヤニヤしている。……俺が困っているのが楽しいか、魔女さんたち?


「ドゥエーリ族のほうは――」

「オレは……ドゥエーリ族じゃないんで」


 目を逸らすカバーン。ドゥエーリ族と育ち、自分も一族の一員だと思っていたら、族長からは一族ではない、と言われてしまった少年である。本人にとっても少なからずショックだっただろうけど。


「ドゥエーリ族じゃないなら、伝統に縛られることはないだろう?」

「オレは強くなりたいんです!」

「……強くなって、ルカを娶るのか?」


 キッチンで聞いていた――聞こえていたらしいルカが固まるのが見えた。


「ルカさんは関係ないです」


 カバーンはさらに姿勢が低くなった。


「ルカさんは綺麗です。強いです」


 ……おう、そうだな。


「でも、ルカさんはアニキの女です。両想いの仲を引き裂く真似は、ドゥエーリ族の恥。いや男としてダメです。オレは、誓ってルカさんに手出ししません」


 諦めるのか。いや、身を引いたのだ。ルカにも断られていたし、潔く引いたのだろう。


「オレは、ドゥエーリ族になりたくて、努力してきました」


 ……何か始まったぞ。


「族長が言う通り、オレは一族の血を引いていません。戦いに巻き込まれて家族を失い、ドゥエーリ族に拾われた孤児です」


 そこから戦闘民族であるドゥエーリ族と行動を共にし、育った。だが、どう足掻いても一族ではないという事実は覆せない。


「ルカさんに求婚したのも、一族になりたかったから……」

「ルカに惚れたの?」

「一族の女子は……皆怖いんです。ルカさんだけが、優しかった……」


 この時のカバーンは、かなり情けなかった。聞けば、シィラなどには、訓練で徹底的にボコられていたらしい。若干、トラウマがある模様。


 さすが戦闘民族。そんな中で、ルカというのは異質だったんだろうな。薄々感じていたけど、ドゥエーリ族でありながら、すっごく優しそうだったもん。


「でもわかってたんです。オレ、ただ一族になりたかったから、ルカさんに告白したっていうか……。最低っス」

「好きじゃなかったのか?」

「好き嫌いでいえば、好きです。でも……その……オレの本当の好みを言ってしまうと」


 もにょもにょ、と小さな声になるカバーン。聞き取りにくかったので、俺は顔を近づける。


「好みを言うと?」

「……オレより背が高い女性は、その……。ルカさんも、自分より背が低い男はちょっと、と言ってまして」


 あぁ……。ちょっとこれ、本人に聞かせられないわ。


 ルカにとって、身長の話はタブーに近い。本人も相手に高身長を求めるのは、要するにこの『男より背が高い女は――』のカウンターなんだよな。


「お前の好みについては好きにすればいい。そりゃお前の自由だ。だがな、カバーン。お前、ひとつ勘違いしているぞ」

「な、何ですか?」

「ルカは高身長男子が好みであって、低身長はダメとは言っていないぞ」

「……違うんですか?」

「大違いだ。馬鹿」


 自分が背が高いから。それでも相手を立てようとしてくれているいい子なんだぞ。周囲がやいのやいの言わなければ、もっと自由に相手を選べていただろうに。


 それに好きな相手の条件って、強くて勇敢で優しいが最初で、身長はその次くらいだったはずだ。


「つまり、カバーン。お前はルカのこと、わかってない! ぜんぜん、わかってない!」

「……!」


 完全にへこむカバーンである。俺は続けた。


「彼女は自分のせいで、隣に立つ人を不快にさせたくないって思ってる。高身長男子がいいというのは、そういうことだ。ルカは気を遣っているんだよ」


 そこらの男には、もったいないくらいいい女なんだぞ、ルカは。


「だから、本気で彼女のことを思うなら、周囲の偏見など何するもの、と笑い飛ばすくらいでないといけない。心配は無用だと、堂々を胸を張る。それだけの男でなければ、彼女と付き合うなんて無理だと、俺は思う」

「ア、アニキ……」


 カバーンは赤面して俯いた。そうだぞ、反省しろよ、反省を。ドゥエーリ族に加わりたいから、一族の女子に告白とか、失礼にもほどがあるだろう。ルカはそんな理由で告白していい女じゃないんだ。


「――っ!」


 ふと、キッチンにいるルカに視線がいった。彼女も真っ赤になって縮こまっている。隣にいるファウナが見守る目で微笑していて、アウラやラウネ、イラまで生温かい目で俺かルカを見ている。


 なんつー、きまずい視線。だから、見世物じゃねーって!



  ・  ・  ・



「……オレは、恥ずかしい」


 カバーンは、ガックリと頭を垂れた。自分の考えに恥じて、ルカに謝罪し、改めて俺に弟子入りを懇願した。


「ドゥエーリ族どうこうは関係ない……! ひたすら強くなって、異性の方から放っておかないほどの男になります!」


 と、誓いを立てた。……俺はこれに弱かった。


 駆け出しの頃の、モテたいと思っていた時の自分とダブったわけだ。こいつは俺に似ているかもしれない、と。


 結果、俺はカバーンのクラン入りを認めた。カイジン師匠など強い人はいるから、俺がどうこう教えられることなどないかもしれないが、その熱意は買った。

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