第228話、討伐軍、東へ


 ラーメ領への討伐軍が、王都を離れる。


 魔物による攻撃に見せかけ、謎の武装組織が起こした騒動を鎮圧するために、二度目の討伐軍が編成され、それがいよいよ出陣の時を迎えたのだ。


 ボークスメルチ氏率いるドゥエーリ族の戦闘集団も、これに参加。討伐軍に徒歩で同行するため、俺たちとは別行動となる。


「ヴィゴ、ルカとシィラをよろしく頼むぞ」


 ボークスメルチ氏と固い握手を交わして、しばしのお別れ。そんなドゥエーリ族の族長は、娘たちの前に言った。


「お前ら、空を飛んで移動できるなら、戦地に行く前に一度、集落に行って戦の儀式してこい」


 何でも戦場に赴くドゥエーリ族の儀式らしい。ボークスメルチ氏ら、討伐軍に参加する戦士たちもまた、皆、儀式を済ませてきたらしい。


「ついでに、母ちゃんたちに挨拶しておけ」


 生きて会えるのは最後かもしれんから、と、真顔で族長は言うのである。戦闘民族と呼ばれる彼らは、死は身近なところにある。


 ……ま、俺ら冒険者だって、似たようなものだけど。


 さて、ドゥエーリ族の見送りの次は、とある貴族様が、俺たちリベルタのホームを訪れた。


 オルカ・マルテディ侯爵。ヴィオ・マルテディの父親である。彼もまた、今回の討伐軍に侯爵軍を連れて参戦するのだ。


 ホームの居間で、俺とヴィオは、侯爵と対峙した。


「僕は、ヴィゴと一緒に戦う」


 ヴィオは、リベルタと行動を共にすると、親父さんの前で宣言した。精悍にして厳めしい顔立ちのマルテディ侯爵は、終始険しい表情だった。


「先の討伐軍の敗北は聞いている」


 たっぷり溜めを作り、侯爵は言い聞かせるように言った。


「お前が無事だったのは幸いだ。此度の遠征、我が軍を率いてもよいのだぞ?」

「僕には荷が重いよ、父上」


 ヴィオは首を横に振った。


「それに、僕はヴィゴのもとにいたほうが、もっと強くなれると思う。もっと聖剣の力を高めたい。そのためには、リベルタじゃなきゃ駄目なんだ」

「そうか……。わかった」


 マルテディ侯爵は、静かに首肯した。


「お前を預けるならば、ヴィゴ殿のもとなら不足はあるまい。……ヴィゴ殿、我が娘をどうか、よろしく頼む」

「承知しました」


 リベルタクランにいる間は、死なせないようにやっていくつもりである。何か言いたげな侯爵の視線であるが……深い意味はないよな。


「それでヴィゴ殿。娘を預けるにあたって、我が家から騎士を三名、出させてもらう」


 一応、ヴィオは侯爵家令嬢でもあるので、身の回りの世話を含めて、相談役がいたほうがいいだろう、という配慮である。


 当然、派遣される騎士の生活費などの費用は、マルテディ侯爵家が負担するとのことだった。


「戦場では、君の命令に従うように言っておく。まあ、使ってやってくれ」


 侯爵殿はそのように言った。騎士たちはリベルタに入るわけではないが、ラーメ領での戦いでは共に戦う仲間となるだろう。


 というわけで、ガストン、ゴッドフリー、トレという3人が派遣された。


 真面目そうなリーダー格のガストン。無精髭をはやしたタフガイそうなゴッドフリー、紅一点のトレ。……彼女は、ヴィオが屋敷にいた頃から、お世話をしていた侍女兼護衛を務めた騎士らしい。侍女で騎士って珍しいのではないだろうか?


 セカンドホームを拡張しないといけないな。ヴィオは、そっちに部屋があるから、お世話の騎士たちも当然、そのそばのほうがいいだろう。


 人数が増えてきたから、パーティーからクランになったけど、それとは別に、随分と大所帯になってきている。


 今回のラーメ領の討伐絡みの間だけの増加で、恒久的にこの状態ってわけじゃないけど。今のクランメンバーだって、何か都合があれば抜けることもあるだろうし。


 ニニヤはSランク魔術師になったし、魔術師界隈で引き抜きとかあるかもしれない。マルモだって、一年の追放期間の後どうするかわからんし、リーリエも、ふわっとした理由でここにいるので、思い立ったら案外あっさり離脱するかもしれない。


 マルテディ侯爵ご一行が、リベルタホームから去った後、また来訪者があった。


 先日、白獄死書の件で世話になったエラン・メントゥレ神官長と、騎士カメリア・ロンキドだった。


「国王陛下から、ラーメ領騒動が収まるまで、リベルタに協力するように命じられてきました。どうぞよろしくお願いいたします」


 メントゥレは恭しく頭を下げた。これは意外と思いつつ、国王陛下からそう言われたのでは、こちらは否も応もない。


 幸いなことに、魔術本の中の冒険では、本当にお世話になったから、その実力については疑っていない。人数も増えてきたし、専属ヒーラーの加入は願ってもないことだ。


「こちらこそ、よろしく神官長殿」

「メントゥレでいいですよ、ヴィゴ様」


 そして、ロンキドさんの娘でもあるカメリアさん。黒髪の騎士である彼女は、シンセロ大臣のお使いでよく顔を合わせていたのだが。


「この度、大臣閣下より、ヴィゴ殿に協力するように仰せつかりました。よろしくお願いいたします」


 きっちり、しっかり、歩く真面目という雰囲気のカメリアさんである。


 この人、俺より年上なんだけど、堅物臭が凄いというか何というか。口数が多くないというか、会話の癖がロンキドさんに似ていると思う。


 彼女をリベルタに派遣するとは、大臣閣下も心配性らしい――とは、思えないんだよな。


 顔見知りを派遣してこちらに配慮しているところはあるが、何となく、こちらを監視するために送り込まれたような気がする。


 それはメントゥレさんも同じで、たぶん白獄死書の件だろうな。あれだ、俺たちがあの魔術本を悪用しないかどうかの監視。


 それでなくても、うちのクラン、普通じゃないメンバーもいるし。色々把握しておきたいというのがあるんだろう。精霊のアウラはともかく、ドラゴンブラッドで進化したラウネとか、魔剣とか神聖剣とか――


 何にせよ、ラーメ領で本格的な衝突になれば、正規の訓練を受けている騎士やヒーラーの加入はありがたい。


 国王陛下も、俺たちリベルタの働きには大いに期待されているだろう。クランというより、軍の小規模部隊みたいだが、状況が状況だから、こちらも大いに利用させてもらおう。


 さて、俺たちリベルタもラーメ領へ戻ろう。……と、その前に、ルカとシィラを一度、帰郷させるんだったな。

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