第226話、スペルキャスター


 白獄死書は何のために作られたか?


 本に魂を入れたら、どうなるのか? という伝説の魔術師の思いつきを実行したものらしい。


 不老不死の研究の一環と言えば、いかにも魔術師が考えそうなことだが、ハク曰く、単なる好奇心の延長らしい。


 思いついたきっかけは、本などの物体に憑依したゴーストを見たから、という。


 うちにもカイジン師匠というゴーストから、マシンドールに憑依した例はあるが、そういうことは考えたことがなかったな。やはり過去の天才は、目の付け所が違う。


 なお彼は本が本体でありながら、その存在を自由に変えることができるらしい。人の姿だったり本だったり、自身を異空間に収納したりとか云々。……正直俺にはついていけなかったが、ハクは『わからないなら難しく考えなくていい』と言っていた。


「召喚魔法みたいなものだよ。必要な時は呼んでくれればいい」


 何か崇高な使命があるでもなく、彼は自堕落にのんびり過ごすのだという。


「本なんて、そんなものでしょ。読まれない時なんて、ずっとぐうたらしているさ」


 必要になったら、その『大抵のことはできる』能力や、伝説の魔術師のお知恵をお借りしようということで、ハクの扱いについては落ち着いた。


 ちなみに、セラータをアラクネから元の人間に戻せるか聞いてみれば、『今の段階では難しい』と返された。


「興味深くはあるね。完全に元通りに、という注文なら時間をくれ。何とかしよう」

「……わかった。頼む」


 請け負ってくれたものの、タイトルから漂う怪しいもの感や、触れられない呪いがついていた件もあって、俺はメントゥレ神官長に一度相談することにした。


「まあ、貴方やニニヤさんをマスターだと認めたようですし、持ち主が悪用しない限りは問題ないと思いますよ」

「そういうものかい?」

「ええ、そういうものです。……だから、使い方には気をつけてくださいね」


 メントゥレは穏やかに言った。


「かなりの自由人のようですから、不穏な行動を取るようなら、処分するくらいの心構えでいたほうがいいかもしれません」

「了解。あなたがそういうなら、気をつけておく」


 あれも一応、危険物って扱いになるのかな……。


「それにしても、何でマスターが俺とニニヤなんだろう?」

「優秀だからじゃないんですか?」


 魔剣と神聖剣を扱うSランク冒険者にして神聖騎士と、才能溢れる美少女魔術師!


「いや、それを言ったらメントゥレ、あなたも優秀だ」


 俺が気になっているのはそこ。優秀云々で言うなら、メントゥレは大変頼りになる人物だった。


「あの本の中の冒険は、俺とニニヤだけではヤバかったと思う」

「またまた。貴方たちはとても強かった。それに回復魔法だっておふたりは使えた。私でなくても……」

「いや、俺たちだけだったら、もっと疲弊していた。3人いたこと。あなたが俺たちのケアとサポートをしっかりこなしたことが、大事だったんだ」


 自分だけなら無理していたかもしれない場面も、彼は察して声を掛けてくれた。ニニヤが精神的に疲れている時も気遣い、思い詰めないように助けてくれた。……正直に言って、俺にそこまでのケアができた自信はないんだよな。ダイ様やオラクルも、助言はできたかもしれないが、そこまでだ。


「さすが神官だけあって、回復魔法も早かったし効果覿面だったよ。あなたは間違いなく、今回の功労者だ」

「……意外でした」


 メントゥレは、素朴な表情を浮かべた。


「神聖騎士のヴィゴと言えば、勇猛果敢な冒険者。数々の冒険をくぐり抜けた歴戦の猛者だと聞いていたので、我々のような神官をそこまで立ててくださる方とは……」

「俺ひとりで、ここまでやってきたわけじゃないから」


 こそばゆいな、この人の言うことは。


「仲間がいて、皆が頑張った結果だからな」


 だからこそ、俺はメントゥレを評価したい。


「貴方のお仲間は幸せ者だ。羨ましいことです」


 メントゥレは微笑した。


「神官長……?」

「いえ。白獄死書の件ではお世話になりました。貴方は私を認めてくれましたが、貴方やニニヤさんがいなければ私も、おそらく命を落としていたでしょう。ありがとう、神聖騎士様」

「こちらこそ。ありがとう、神官長殿」


 俺たちは握手した。メントゥレは頭を下げる。


「では、報告があるので、私はこれで。幸運を」

「あなたも」



  ・  ・  ・



 今回の本の世界の冒険は、外にいたアウラやヴァレさん、騒動を聞いて駆けつけたモニヤさんや魔術師たちも見ていた。


 白獄死書の中に閉じ込められた俺たちを助けるために、教会の関係者や元プリーステスのモニヤさんが呼ばれ、魔術書だからと魔術師も呼ばれたが、結局、俺たちが最終ページを突破したことで帰ってこれた。


「ニニヤ・ロンキドをSランク魔術師とする」

「……はい?」


 これには聞いていた俺はもちろん、当のニニヤもビックリしていた。


「あ、あのまだ試験、受けていないんですけど……!」


 動揺するニニヤに、師匠であるアウラは意地の悪い笑みを浮かべる。


「魔術師試験には、上位魔術師が同席して、実技や魔法知識、その他試験をするんだけど……大勢の試験担当級の魔術師が、アナタの魔法を見ていたのよね」


 本の世界の冒険は、勝手に開かれる本によって、外にいたギャラリーたちに目撃された。


 イラやセラータ、ヴァレさんと、娘を心配するモニヤさんも、俺たちが自然に立ち向かい、ドラゴンなどの化け物と戦う様を、固唾を呑んで見守っていたという。


 俺の魔剣や神聖剣の強さもさることながら、ニニヤが要所で見せた上級魔法や大魔法。アウラの解説を得て、目撃していた魔術師たちは、全会一致でその実力を認めたのだった。


 これだけの魔術師が注目した中で、受験者が認められた例は、古今例がない。アウラの時だって3、4人だったが、今回はその数倍の魔術師が見ていたのである。


「おめでとう、ニニヤ!」


 モニヤさんもヴァレさんも、ニニヤのSランク魔術師昇格に大喜びだった。


「15歳でSランクなんて、くぅー、私を超えたわねぇ!」


 悔しがるヴァレさんに、モニヤさんが言った。


「あなただって16歳でSランク魔術師になっていたじゃない」

「そうだけどー」


 そんなヴァレさんに、アウラはニヤニヤして言った。


「ニニヤはワタシが育てた!」

「っ! 彼女に魔法を教えた歴は私のほうが全然長いんだからね、師匠!」


 かつての師弟がじゃれているのを、モニヤさんは笑顔で見守る。まだ実感がわかない様子のニニヤに、俺は声を掛けた。


「おめでとう、ニニヤ」

「あ、ありがとうございます、ヴィゴさん! ここまでこれたのは、ヴィゴさんのおかげです!」

「えー、ワタシたちのおかげはー?」


 アウラが口を挟んだ。こらこら、お師匠さん、大人げないからやめなさいって。


 ともあれ、魔術師試験を受ける予定だったニニヤは、実戦という名の試験で認められ、ウルラート王国の最年少Sランク魔術師となった。


 ランク認定を告げた老魔術師は、しばし俺たちのやりとりに固まっていたが、咳払いして言った。


「えー、ニニヤ・ロンキド。そなたに、スペルキャスターの称号を授けるものとする。これからはマジシャンではなく、スペルキャスターを名乗るように――」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る