第224話、覚醒する力


「ここが白獄死書の中だとして……」


 メントゥレは腕を組んだ。


「どうすれば外に出られるのでしょうか?」

「正直言えばわからないが……ひとつ思ったことはある」

「伺いましょう、ヴィゴ様」


 若い神官長殿は頷いた。


「本ってのは、基本、読み進めていくものだ」


 そして俺たちが進むたびに、行こうとしていた場所などへ飛んでいる。


「進み続けていれば、いつか最終ページにたどり着くのではないか」

「入ってこれたのだから、出口もある、と」

「あって欲しいよな」


 確証は何一つない。


「ですが、試してみる価値はあると思いますよ。闇雲に進むよりは全然いい」


 メントゥレは笑みを浮かべた。


「ニニヤさんも、それでよろしいですか?」

「はい」

「……疲れてませんか?」

「大丈夫です。それに――」


 ニニヤは歩き出した。


「帰れるかもしれないなら、進まないと。お二人も一緒ですし」


 よし、じゃ行きますか。この地獄みたいな火山地帯を。熱気に肌がチリチリする。メントゥレが魔法で保護してくれているからいいものの、それがなかったら火傷していたかもしれない。


 石を踏み、歩きにくい道とも呼べない道を行く。



  ・  ・  ・



 俺たちは進んだ。


 次に飛ばされた時、俺たちは溶岩プールの前にいて、溶岩をまとった炎のドラゴンに襲われた。


 近づけば触らずとも焼けるだろう超高温。そうとくれば、ニニヤが水の大魔法を使用。溶岩プール全体を分厚い水の層を叩きつけた結果、大爆発が起きて溶岩竜は木っ端微塵になった。……俺たちも吹っ飛ばされたけど。


 DSGアーマーがあったから致命傷にはならなかったけど、治癒魔法のお世話になった。凄い威力だったぜ……。


 俺たちはさらに進んだ。


 熱気渦巻く砂漠に。


 凍結した大地に。


 亡霊の集まる集落に。


 サンドサーペントは、オラクルセイバーで切り刻み、すべてを凍らせる女王には、ダイ様のインフェルノドラゴンが焼き尽くした。


 亡霊たちは集落ごとニニヤが浄化した。そこにある建物、オブジェの全てがゴーストであり、剣が効かない敵だったが、ニニヤが範囲攻撃魔法を使う要領で、全部を光に包み込んだ。生きている俺たちには無害だから何の遠慮もなしに使った全体浄化魔法は、それを見たメントゥレを大いに驚かせた。


「さすが、モニヤ様の血を引くニニヤさん。このような広範囲浄化魔法は、プリーステスか、それ以上の力です」


 神聖魔法を使う神官より、魔術師のほうへ進みたい様子のニニヤは、メントゥレの賛辞にも複雑な笑みを浮かべていた。


 ……それにしても、あの広範囲浄化魔法は、一度の行使で全てのアンデッドやゴーストに通用するのは便利そうだ。


 だが、うちにはカイジン師匠がいるから、意外と使えないかもしれないな。間違って師匠を浄化しないでもらいたいものだが。


 俺たちは、どんどん進んだ。立ち塞がる障害を踏み越えて。


 ここで思ったこと。ニニヤが俺の思っていた以上に強いということ。上級魔法は覚えはじめたところだと聞いていた。だがこの本の世界を進む中で見せた魔法は、どれも強く、数々の強敵を打ち倒した。


 アウラ顔負け、というか、あのSランク魔術師にも引けを取らない。アウラでSランクなら、ニニヤだってもうSランクじゃないか――というのが、俺の率直な感想だった。


「なあ、ニニヤ。君って、こんなに強かったっけ?」


 失礼な言い方だったかもしれないが、当のニニヤもコクコクと頷いた。


「わたしも、正直驚いています。わたし、こんなに魔法、強くなかったはずなんです」


 彼女も違和感を抱いていたらしい。


「でも、体の中から力が湧いてくるのを感じるんです……。魔法を使おうとすると、イメージと言葉が浮かんできて」

『……ドラゴンブラッドの影響じゃな』


 オラクルが言えば、ダイ様も続けた。


『それと竜の宝玉の力だろう。小娘は両方、試したからなぁ』


 ドラゴンオーブとドラゴンブラッドか……! そういえばそうだな。俺も納得する。彼女がオーブに願ったのは何だったっけか。一人前の魔術師になること、強い魔力と、魔法を操る力が欲しい、だったか。


「願い事が叶って、ニニヤはその魔法の才能が開花したってことなんだろうな」


 元々、若いが才能はあった。あのアウラが伸ばした力が、ここにきてさらに成長したのだ。


「イメージと言葉が浮かぶってことは、案外、複数魔法の同時使用とか、適切な呪文やそのイメージも出てくるかもしれないな」

「イメージ……」


 ニニヤは考え込む。うんうん、それでもし思いつくことができたら、オリジナル魔法にも行き着くかもしれない。そうなれば、Aランクどころか、Sランク魔術師にも手が届くかも。


 彼女のこれからが楽しみだ。



  ・  ・  ・



 風の吹き抜ける谷を越え、白骨の川辺を行き、広大なる大平原にたどり着いた。


「おいおい、こんなのありかよ……」


 俺は絶句する。大鬼――オーガの軍勢が、俺たちの進路に立ち塞がる。これまでは単独のドラゴンとか、強敵だけど数が少なかったのに、ここにきて軍隊か。軽く絶望的状況じゃないか……?


「こりゃ、全開で行くしかないな」


 俺は右手に魔剣、左手に神聖剣を構えた。


「やるぞ、ニニヤ!」

「はいっ!」

「メントゥレ! サポートよろしく!」

「承りました!」


 ドドドッ、と地響きと共に大鬼が並のように押し寄せてきた。その体躯は軽く2メートルを超えて逞しい。普通の人間なら、1体だけでもヤバい相手だ。だが、俺たちは普通じゃないんだよ、なっ! 


「46シー・フルブラスト!」

「――右手に炎、左手に風。我は乞う、炎の嵐、吹き荒れろ! ファイアストーム!」


 魔剣に神聖剣、ニニヤの大魔法が、オーガ軍団を飲み込み、その屍を量産する。死力を尽くし、敵を葬り続けた結果、俺たちは光に包まれ、本の世界から脱出した。

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