第223話、ひとつの仮説


 俺が塔の天辺から、巨大戦士像を投げ落とした時、白と青の鱗を持つドラゴンは、像を回避した。


 ドラゴンの目が俺へ向く。背中の翼で飛行しているため、ちょっと攻撃手段が限られる。悠々と獲物の見定めですか、この野郎。


 とか思っていたら、天から眩い竜のような稲妻が落ちて、ドラゴンを直撃した。まるで竜がドラゴンを喰らったかのようだった。


 次の瞬間、ドラゴンの体が爆発四散した。……うひゃぁ、ミンチよりひでぇ。


「ニニヤ、やったな!」


 凄ぇ。あの大きなドラゴンを一発かよ。これも上級魔法ってやつか?


「ヴィゴさん、隙をつくってくれて、ありがとうございました」


 少し疲れたのか、ホッとしながらニニヤが口元を緩めた。周りにはドラゴンが放ったのか、大きな氷柱が刺さりまくっている。


「火属性がまるで効かなくて。大魔法を使うかための詠唱の間もなかった。ヴィゴさんのおかげです」

「そうかい? なら、前衛として最低限の仕事はできたかな」


 俺が苦笑すれば、氷柱の陰からメントゥレが出てきた。


「お二人ともお疲れ様でした。凄いですね」

「神官長殿は、お怪我は?」

「幸い、服をかすめた程度ですね」

「すみません、メントゥレさん。魔法を使うための囮役を引き受けてもらって」


 ニニヤが頭を下げると、メントゥレは首を横に振った。


「いえいえ。あなたが倒してくれたのだから、氷柱から逃げ回った苦労も浮かばれます。……お二人ともじっとしてください。回復魔法を使いますから」


 どうやら神官長殿は、俺の見ていないところで、ドラゴンの注意を引いてニニヤに攻撃が及ばないようにチョロチョロ走り回っていたようだ。


「前衛の仕事をさせてしまって、申し訳ない。神官長殿」

「ヴィゴ様、貴方は巨大像を相手にしていたのです。そちらでキッチリ仕事は果たされていますよ」


 穏やかな口調でメントゥレは言った。回復魔法が効いてきたのか、体がポッと暖かくなって、疲れが取れてきた。


「いやはや、あのような巨大なものを放り投げてしまうとは……ヴィゴ様は大変お力があるのですね」

「神様から授かったスキルのおかげだよ」


 持てるスキル万々歳。


「ニニヤも、また凄ぇ魔法を使ったな。サンダーボルトの魔法?」

「はい。上級魔法のサンダーストーム……のつもりだったんですけど、一本に収束して全部ぶつけたほうがいいかなって」

「充分、強力な魔法でした。お若いのに素晴らしい腕前です」


 メントゥレも同意するように頷いた。


「私としては、モニヤ様と同じ神官の道を歩んで欲しかったのですが……あれだけのものを見せられては、魔術師としても充分成功でしょう。試験、頑張ってください」

「ありがとうございます、メントゥレさん」


 はにかむニニヤである。大人から褒められて嬉しいお年頃。俺も、つい頬が緩む。


『気持ち悪いなぁ』

『しまりのない顔なのじゃ』


 ダイ様とオラクルが滅茶冷たい。俺、普通にしているだけだぞ。


 回復魔法が終わったか、メントゥレが立ち上がった。


「とりあえず、屋上にいますけど……。この景色、ヴィゴ様は見覚えはありますか?」

「いいや。残念ながら。神官長殿は?」

「私にもまったく」


 塔からは見下ろせば、霧はなく、森、平原、山など、これぞ大自然という風景が広がっていた。見渡す限り、町や村など、人工物は見当たらない。本当、ここはどこだ?


「これからどうしましょうか?」


 ニニヤが真剣な面持ちで言った。見ず知らずの場所で不安を感じているだろう。俺だって不安だけど、子供を怖がらせるのはよくないよな。


「塔を降りて、前へ進む」

「どちらへ?」


 メントゥレが首を傾げた。場所が分からない以上、どこに何があるかもわからない。どうすれば戻れるか、など手掛かりもない。


「前へ、進むのさ。まずは塔を降りて、出入り口のある方向かな」

「何故、出入り口の方向なんですか?」

「この塔が出発点でなければ、どこかの町なり村なりと行き来するはずなんだ。で、来た方向に出入り口を作っておけば、塔に入るのにわざわざ迂回しなくて済む。……怪しい奴が塔の入り口を固めていても、来た時にわかるしな」

「なるほど……」


 考え深げにメントゥレは頷いた。ちなみに、今、俺は物凄く気休めかつ適当なことは言った。


 ……ダイ様にダークバードを四方に放ってもらって偵察したほうが早そう。塔を降りる前に闇鳥を出せば、下につく頃には何かわかったりしないかな――


 周囲の景色が変わった。


 凄まじい熱気を当てられ、ふわっと汗が出た。周りが何か、赤いぞー。


「何なんだよ、これは!」


 俺は思わず大声を発した。塔に向かう道中、塔を登る道中のように、また一気に飛んだ。



  ・  ・  ・



 今度は火山地帯のようだ。気温が高く、離れた場所では溶岩が流れているようだった。


「魔法の膜で覆いましたが、あまり溶岩に近づくと危ないですね」

「ありがとう、神官長殿。助かる」


 さて、ここはどこだ? もう何度同じことを思ったことか。


「これはどういうことなのでしょうか……?」


 メントゥレは顎に手を当てる。わからん。俺もため息がこぼれた。


「行こうと思ったら、なんか先に進んでしまうというか。間を省略して、目的地についているというか。まるで――」


 本をめくって次のページに飛んでいるような。……本?


「たぶん、それじゃろ」


 神聖剣からオラクルが出てきた。魔剣からダイ様も出てくる。


「本か。あの本の中の世界かもしれんな」

「本ですって?」


 メントゥレが驚いた。ニニヤも目をパチパチとさせていたが、すぐに真顔になる。


「確かに。先に進んでいる時、わたしたちは、その先へ飛ばされているような……」

「俺たちは、ハク――なんだっけ?」

「白獄死書――」

「そう、そのハクゴクシショって本に飲み込まれて、その本の世界の中にいるかもしれない」


 なるほど、もっともらしい説が出てきた。本の世界、ね。


 正邪の山で、聖剣の試練をやってなかったら、信じられなかっただろうけど。

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