第221話、飛ばされた!


 動揺する司書は、神官長が消えたとヒステリックに叫んだ。


 指さした先に落ちているのは、一冊の本。淡く光っているが、何らかの魔法だろうか?


 ヴァレさんが司書に詰め寄る。


「いったい何があったの?」


 ニニヤが警戒しつつ、本に近づき――


「ニニヤ! あまり本に近づかないで――」


 ヴァレさんが警告を発した時、落ちていた本が輝き出して――くそっ、見えない。


 あまりの眩しさに俺は目を守る。真っ白だった世界がやがて消え、次に目を見開くと、霧に包まれた野外とおぼしき場所にいた。


「……マジかよ」


 正邪の山の聖剣の試練を思い出した。この世ならざる場所、異空間……。そんな感じだ。俺の数歩前に身構えているニニヤがいて、さらに図書館で見かけた神官長なる人物が辺りを見回しているのが見えた。


「ニニヤ、無事か?」

「え……あ、はい、ヴィゴさん」


 キョロキョロとニニヤは周りを見回す。


「こ、ここはどこです?」

「さあね。図書館じゃないのは間違いない」


 水気を含んで柔らかな土を靴が踏みしめる。霧が立ちこめているが、ここは森か?


「やあ、神官長殿。ここがどこかわかりますか?」


 俺が声を掛けると、青と黒の神官服にマントを身につけた青年は振り返った。


「本の中、ではないかと思うのですが――」


 灰色髪。二十代半ば。割と美形、穏やかな雰囲気の青年である。名前は知らないが、どこかで見かけた気がする。直接話したことはないが。


「ニニヤさんですか!?」

「あ、メントゥレさん!?」


 ニニヤが反応した。どうやら知り合いらしい。


「こんなところでお会いできるとは、モニヤ様はお元気でしょうか?」

「あぁ、たぶん元気かと。すみません、ここ最近、家を離れていて――」


 何やら、再会の挨拶で盛り上がっている。ポツーン……。


『完全にぼっちだな』


 ダイ様、余計なことは言わなくていいの。とりあえず、手元に魔剣と神聖剣はあるので、荒事に巻き込まれても応戦可。


「ここがどこかわかるか?」

『どこぞの異空間だろな』


 ダイ様が言うと、オラクルも続けた。


『前後を見るに、あの本によって、どこか別の場所に飛ばされたようじゃな』

「転移の本ってか?」


 どこに飛ばされたんだ……。頭を悩ませていると、ニニヤがこちらに来た。


「すみません、ヴィゴさん。こちら、メントゥレ神官長。かつて母の部下だった方です」

「メントゥレです。直接お話するのは初めてですね、ヴィゴ様。神聖騎士になられた際、式典にいましたので、お顔は拝見致しております」

「これはご丁寧に」


 言われてみれば、見かけたかも。メントゥレ神官長は、プリーステスだったモニヤさんの部下ということで、ニニヤとも面識があった。


「――最近になって閲覧制限区画に触れない本があると報告がありまして。呪われた書物の可能性もあって、私が確認にきたのですが……調べていましたら、あの本が輝き出しまして」

「気付いたら、ここにいたと」

「はい。そうなります」


 メントゥレはコクリと頷いた。薄々思っていたけど、ここに飛ばされた原因はあの本だったわけだ。


 ニニヤが口を開いた。


「あの本は、いったい何だったのですか?」

「白獄死書――古代魔法語では、そんなタイトルでした」


 ハクゴクシショ? 何だそりゃ。


「内容は?」

「中を確認するまでは。とりあえず、触れることを阻んでいた呪いを解除はできたのですが、いざ読もうと開いたところで、アレでしたから。申し訳ありません」


 パラパラと見ようと思って開いたら、光に飲み込まれてしまったそうな。


「それは仕方ないな」


 さて、どうしたものか。ここにいても何かあるわけでもない。かといって、どこへ行けばいいのかも皆目見当もつかない。


「とりあえず、ここがどこかわかる手掛かりが欲しいな」

「であるならば、周囲が見渡せる場所があれば、見覚えのあるものが見つかるかもしれません」


 メントゥレが発言した。見渡せる場所、とくれば、どこか高い場所か。俺が見回すと、ニニヤが一点を指さす。


「あそこに、塔が見えます」

「……本当だ」


 木々の間、霧の向こうに、うっすらと高い塔のようなものが見えた。


「ひとまず、あちらを目指そう」


 登れるなら、見晴らしは最高だろう。


 とはいえ、あんな塔に覚えがないから、遠くが見えても知っている土地じゃない可能性が大なんだけど。



  ・  ・  ・



「あれ?」


 森の中、塔のほうへ歩き出した。それはいい。だが――


「もう、塔についちまった……」


 俺たちの目の前に、石造りの天高くそびえる塔があった。


「気のせいかな? 俺、道中の記憶がないんだが……」

「奇遇ですね。私もです」


 メントゥレも塔を見上げる。


「ニニヤさんは?」

「わたしも……気づいたら、ここに」


 そんなことがあるのか? 森を歩いていたら、しばらく先にあると思っていた塔に到着していたなんて。


「ダイ様、オラクル。お前らは?」

『飛んだな』

『うむ。おそらく瞬間移動したのじゃろう』


 ……道中なんてなかったらしい。今回は何か魔法とか、仕掛けとかもなくいきなりだったから、転移説よりも異空間説のほうが濃厚になってきた。


「どうします、ヴィゴ様」


 メントゥレが聞いてきた。そうだな……。


「とりあえず、せっかく来たんで、ちょっと塔に登ってみましょうか」


 周囲の地形も見たいし、何か発見できるかも。

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