第220話、閲覧制限区画の魔術本


 オリジナル魔法について、ニニヤと話した俺だけど、ちょっと興味がでてきた。


 なので閲覧制限エリア――許可なしで読めない本が収められている区画に足を向けた。俺たちリベルタは国王陛下より許可を頂いているので、この機会を利用しない手はない。


 広い王都図書館だが、その一角に一般来訪者立ち入り禁止区画がある。武装した警備兵がいて、その区画に入るには許可証が確認される。だから、何も知らない来訪者が迷い込むということはない。


 俺とニニヤは、警備兵に確認されて閲覧制限エリアへ入った。中にはアウラやラウネらが先に調べ物をしていて、普段なら閲覧できないような書物を手に取っていた。


 おや、入り口受付で見た年嵩の司書さんがいた。若い神官の男性を案内しているようだった。……俺たち以外にも、閲覧制限区画にいたんだな。


 ニニヤは魔術の本の棚を見やり、目を輝かせた。


「凄い……。有名魔術師の本がこんなに!」

「へぇ、そんなに凄いのか」


 俺、そっち界隈ぜんぜん知らないから、著者を見てもさっぱりだ。


「凄いなんてものじゃありませんよぅ」


 ニニヤが頬を膨らませた。


「魔術師として有名な方ばかりなんですよ!」

「まあ、そりゃそうなんだけどさ」


 何せ閲覧制限スペースにあるような本だ。その著者も、それこそAランクやSランクの魔術師なのだろう。


「魔術師は、自分の技術は秘匿される方が多いんです」


 ニニヤは自慢げに胸を張った。


「でも魔法界隈の発展のためにも、その技術を残しておいたり、限定で公開したりします」

「それが、この閲覧制限区画で、本として並べられているわけか」

「初心者には扱えない、制御できない魔法もありますからね」


 ニニヤは真顔になる。


「一定の魔術知識、そして扱える能力があって、初めて閲覧が許可されるんでしょう」

「レベルさえあれば見ていいってことだな」


 達人の奥義を、素人が見ても覚えられないのと同じだ。物事には段階というものがあるということだろう。


「禁忌の魔術とかあったりするのかな?」

「どうですかね……。あったとしたら、厳重に管理されて、封印とかされているんじゃないですか?」


 ニニヤは答えた。まあ、身を滅ぼしそうな怖いのは触らないままのほうがいいだろうな。とりあえず、俺たちは有名上級魔術師たちの魔術師本をあれこれ手に取ってみる。


「……あ、これヴァレさんだ」


 ロンキドさんの第二夫人にして、元宮廷魔術師であるヴァレさんの名前が記された魔術本があった。


「へぇ、何冊もあるな」

「さすが、ヴァレ母さん」


 第三夫人のモニヤさんの娘であるニニヤである。彼女の幼い頃からの魔法師匠はモニヤさんとヴァレさんだと聞いている。

 俺も短いながら、魔法の基礎的なやり方を教えてもらった。


「宮廷魔術師ともなると、魔術本を何冊も書けるんだな」

「あ、ヴィゴさん」


 ニニヤが、ヴァレさんの本がある棚の一段上を指さし、右から左へ動かした。


「この一段全部、アウラ・ルシエールって……」

「アウラかよ」


 わお。さすがヴァレさんの師匠でもあったというアウラ。前世では伝説級の魔術師と言われて、Sランクでもあった。


 今でこそ若々しいが、前世も長生きしたらしいし、一年に一冊ペースだったとしても、そりゃ何十冊にもなるか。


「ここにこれだけあるなら、別に閲覧制限区画で調べなくても、直接アウラに聞いたほうが早いかもしれんな、これは」

「そうですね」


 ニニヤも苦笑する。俺たちは適当にとって立ち読みをしていると――


「あら。あらあらあら……」


 声がして振り向けば、そこには赤毛の美人魔術師が立っていた。ニニヤはビックリする。


「ヴァレ母さん!」

「ニニヤ、久しぶり」


 噂をすれば影がさす、というべきか、ヴァレさんがやってきた。俺もお世話になっているので、挨拶しておく。


「ヴィゴ君も久しぶり。神聖騎士、おめでとう」

「ありがとうございます」

「本当なら、家族みんなでお祝い……といきたかったんだけど」


 ヴァレさんが、ちらっとニニヤを見れば、彼女は頭をかいた。


「すみません。わたしが師匠の弟子入りしているので、遠慮させてしまって」


 アウラに弟子入りする条件に、修行中は家に帰らない、というものがあった。甘えを捨て、修行に集中する――という意味だと思うのだが。


 ヴァレさんは苦笑した。


「せっかく頑張っているニニヤの気持ちをぐらつかせるのもね……。かといって、ヴィゴ君だけ呼ぶのも、違うし」


 色々気を遣った結果らしい。俺だってお祝いしてくれるとなったら、仲間たちとも祝いたいし、それでニニヤだけ仲間外れは嫌だなぁ、って思う。


「頑張っているようで何よりだわ」


 ヴァレさんが温かな目をニニヤに向けた。照れたように赤面するニニヤ。ここで実の母であるモニヤさんがいれば、泣いていたかもしれないな。大人びているが、ニニヤも15歳だもんな。


「それで、何故、王都図書館にいるの?」


 聞かれたので、ラーメ領絡みや、セラータのことなどを調べていることを教えた。あと、ニニヤの魔術師試験についてと、オリジナル魔法のことも。


「なーるほど。それは確かに、このあたりの本を見ればヒントはあるかもね」

「ヴァレさんは、今日はどうしてこちらに?」

「ふふふ、私の書いた魔術本が1冊、またこちらに収められることになったの。で、図書館の方にご挨拶にきたのよ」

「新作の魔術本ですか」


 棚にヴァレさんの本が増える、と。


「ふふ。よかったら読んでね。……それでニニヤ、魔術師試験の勉強、見てあげようか?」

「いいんですか!」


 嬉しそうな顔になるニニヤ。うん、やっぱり家族だよな。俺も思わずニコニコ。


 その時だった。近くで悲鳴が聞こえたのは。さらに本棚の陰から白い光が漏れた。


「え、今の何!?」


 何かあった。それに悲鳴は、例の年嵩の司書さんの声だったような。俺たちはお互いに確認するでもなく、悲鳴と光の見えた場所へと駆けつけた。


「ほ、本が――神官長さまがっ……!」


 腰を抜かしている司書。その前で、床に落ちている一冊の本。一瞬見えた強烈な光はないが、かすかに光っている本がそこにあった。


 ……いったい、何だこれは?

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